8月

 仕事編
 生活編
 自宅建て替え編

◆仕事編

 先月の最終週に必死に練り上げた事業の方向転換が認められたことから8月がはじまる。1日の朝、出勤したら机の上に「タスク管理シートの叩き台を作ってください」というメモが貼られていた。今月中にはもっと詳細な事業計画を書く必要がある。ここに職を得てからずっと進めてきていた(わたしに求められてきていた)事業のほうも並行して準備は進めていくのだけど、しばらくはこちらが優先となるような気がする。

街のお化粧品やさん 真剣になれ!

 2日は、がんばっているお店、話題になっているお店の視察。南船橋をスタートに千葉、都内に戻って日比谷、新宿、そして調布と11店舗を駆け足で見て回った。デスクワークであれこれ考えるのもいいけれど、「人の振り見て我が振り直せ」ではないが、現場を見ることでわかることは多い。もっとも感じられたのは、規模の大きいお店、資金力のあるお店が、その力を使ってあたらしい流れを作ろうとしているということ。金にあかせてやっているものの必ずしも成功していると思えないものもあったけれど、街のお化粧品やさんの危機感のなさにくらべて、大手やチェーンドラッグのこの動きは見過ごせない。ますます格差が広がっていきそうだ。

 とくにドラッグストアの動きには注視する必要がありそうだ。業態内の競争の激しさからあたらしい可能性を模索している中で、確実に化粧品というカテゴリーへの傾斜を深めている。今までは大手メーカーのマスリーディング商品をOFFセールすることで、集客の目玉としてきていたドラッグストアも、このOFFプライスが横並びで「定価」となってしまった今、もう価格では差がつかない。そこで、クチコミで評価の高い商品を品揃えしたり、まだ無名のセンシティブ肌対応のブランドを「育てよう」としていたりする。

 基本的にはセルフ販売で、POPやショーカードで訴求していくというスタイルだけど意外なほどスペースを割いているお店が増えている。とくに駅近くや駅ナカのドラッグストアでその傾向が顕著だ。駅ナカなどの場合、従来のイメージはサラリーマンが立ち寄ってドリンク剤を飲んでいくというものが強かったが、今は大きくその色合いを変えつつある。今まで以上に20代〜30代前半のボリュームゾーンを駅でせき止められることになりそうだ。これで簡単なカウンセリングが加わったりしたら、街のお化粧品やさんにとってかなり脅威となるはずだ。

 もうひとつ気になったのが、某大手メーカーが8月下旬に発売を予定している大型メイクブランドをめぐる動きだ。今まであった2つの大きなマスリーディングブランドを合体させて登場させるこのブランドは、すべての業態に投入される。そのため、化粧品専門店の取り組みにむけての意欲はあまり強いものが感じられない。何人かの知り合いに聴いてみても「あまり積極的にはなれないな」という声が帰ってくる。メーカーもそのあたりを見越してか、超大型ブランドというのに化粧品店に対してのテスターなどのバックアップはかなり絞り込んでいるようだ。

 その一方で、店舗視察の途中でのぞいたチェーンドラッグでは、こんな小さな店舗にも?と思われるところにもテスターがちゃんと入っていて「予約受付中」のPOPがつけられていた。本部との契約だから全店にまんべんなく置くことができるのだろう。ドラッグストアやスーパーなどの量販店にとっては、商品に価格が印刷されない「ノープリントプライス」のブランドは、値段が通らないマスブランドばかりの中で「○○%OFF」という表示ができないこともあって待望久しいものなのだろう。ここに化粧品店との取り扱いに対する意気込みの差が見てとれる。

 でも、「ちょっと待てよ!」って言いたい気分。元はといえば「ノープリントプライス」というのは化粧品店の集まりである化粧品組合がずっと訴えてつづけてきていた仕組みだし、おそらく大量のCMを投下するであろうこのブランドを扱わなくてどうするっていうのだろう。街のお化粧品やさんだけが扱うことのできる「マイナー」なブランドだけ置いていることが「化粧品専門店」と認められることと勘違いしてはいやしないだろうか。たとえ、これがOFFセールがおこなわれるものだとしても、旬の大型ブランドを取り扱わずにいて、「うちは化粧品専門店でございます」と言っていてはますますお客さまを遠ざけることになるような気がしてならない。

 2日、店舗視察から戻って夕方に出社したところで「社員証」のICカードを受け取る。これがオフィスフロアへの入退室と、早朝・深夜のビルの入館証となる。きょうまでは顔写真のない「テンポラリ」カードだったのだけど、きょうから顔写真入りの「わたし」のカードとなった。仕事の面では一員として認めてもらっている(?)けれど、これで名実共にI社の人となったことを実感。

新・サービスの行方

 弊社のお盆休みは11日から15日の5日間。月末までに具体化する必要のある事業計画のほうは行きつ戻りつしている。「儲かればなんでもいい」とか「お金になりそうなことはなんでもやる」という会社ではないので、わたしたちのもっている化粧品に関するデータという財産を、ユーザーにとっても、クライアントにとっても、そして弊社にとっても、いかによりよいかたちで世の中に送り出すかというところで、その手法を何度も何度も見直している。

 休み前の10日は、きょう一日働くと5日間が待っているとあって、大人の職場にも夏休み前の小学校のようなウキウキした空気があった。しかし、休み前に終えておかなくてはいけないという仕事も多く、きょうは某社の営業さんの往訪とディビジョンミーティングの間に30分しか時間がなく、お昼を外に買いに行く時間がなかった。オフィスグリコ(社内の置き菓子)のクッキーとコーヒーですませる。

 描こうとしている事業の画はちょっと軌道修正が必要な気がする。お盆休み前の夜ということで、ディビジョンのメンバーと暑気払い。オフィサーを含めて7名、うち女性4、男性3のチームなのだが、本日は他の男性メンバーは都合があわず欠席、ということで、女性4、男1という5人、わたしとしては、両手に花どころか両手両足に花というところ。ベルギービールの専門店でわいわいと話し込む。

 そのあと、まだ飲み足りないぞ!、しゃべり足りないぞというメンバーと3人で2次会。「終電までだよ」というはずが、話が盛り上がってしまうとまぁいいかという感じになるのが呑兵衛の性というところ。でも、仕事の話も結構していた真面目な(?)3人だった。トップダウンでやらされるという仕事というのはイヤだけど、どういう方向に画をもっていけばいいのかが見えない仕事というのもつまらない。あるいは、一生懸命描きあげたのに上で簡単にくつがえされることが少しでもわかっているのならはじめからその可能性は知らせておいてほしい、ある程度のサジェスチョンだけがあって、そのなかでじぶんの持てる力によってよりよいものを作り出す。決して受け身じゃないけれどそんな流れがいいかもというような話が女性陣からでてきていた。

 結局お店を出たのが3時。このまま時間をつぶして始発で帰るという選択肢も考えないわけでもなかったけれど、一度タクシーでどのくらいで帰れるかを測っておくのも悪くないと車に乗り込む。乃木坂から氷川台まで6240円也。頻繁にあっては困るけれど、思ったほどはかからなかった。

リスタート

 お盆休み明けの16日。東京は激しい雨の朝を迎えた。メドを立てる期限が近づいている仕事もあるので、いつもより早くうちを出る。地下鉄有楽町線はいつもとさほど変わりはなかったけれど、池袋からの山手線はガラガラだった。まだまだお盆休み中という人も多いのだろう。かくいう弊社も、来週2組に分かれて行われる合宿研修のうち、土曜日にその日程がかかる組の人たちは本日がその代休。フロアもちょっとがら〜んとして淋しかったし、いつもはおさえるのが大変な会議室のスケジュールもガラガラだった。

 その会議室のスケージュールがガラガラというのが、幸いにしてというか不幸にしてというか、うちのディビジョンには役だった。今月末をメドに詰めを急いでいる事業計画だけど、一通のメールがメンバー内に混乱を招いてしまった。時間の制約の中で、ほんとうにニーズがあるのか、クライアントのウオンツはどうなのかということを検証もリサーチもしないで、われわれの「肌感」だけで決めていこうとしている進め方に対して、トップダウンなのかボトムアップなのかという方法論のちがいが際だってしまったというところ。

 トップダウンなら、迷わず進められるようもっと強力な指導力で道筋を示してほしいという声も出る。ということで、メンバー全員で意思統一を図るために仕切り直し。午前中の1時間と、午後から2回に分けて4時間、合計5時間のロングランミーティングでリスタート。本来なら、こういうかたちでキックオフできているべきだったといえる。でも「雨降って地固まる」のたとえどおり、これでいいほうに一丸となって進んでいけるだろう。

古巣

 18日。化粧品組合の全国組織である全粧協の年に2回の大きな会合「全体協議会」が開かれていた。その古巣のさらに古巣である情報系の委員会で時間をいただき、化粧品組合と弊社の共同事業であるネットコンテンツの今後の展開について提案をさせていただいた。これまでも「古巣」に顔を出すと、どうにも不思議というか、もぞもぞするような感じがしてしかたない。きょうも多くの委員さんに温かく迎えられたのがとてもうれしかったが、前回の委員会まではそちら側にいたのになぁ・・・と、やっぱり妙な気分。

 共同事業といっても、こちらにとっては「拡大していきたい」といえば、結果的に「利益をあげたい」とイコールなので、あまり露骨な儲け話は提示したくない。双方にキチンとメリットのある提案をしていきたいと思っている。今回の提案についてはかつての仲間ということもあって、委員のみなさんには好意的な受け止め方をしてもらえた。しかし、この内容では、すべての組合員さんに提案してみたところでおそらく賛同はあまり得られないだろうという結論に至る。まずはもっとハードルを下げて街のお化粧品やさんが現実の問題としてとらえられるような内容にすべきだから、その話し合いをつづけていこうということになった。そういう冷静な判断を下してもらえたというのがありがたい。これが単に企画を持ち込んできただけの人間だったら門前払いだったかもしれない。今後も、この信頼を裏切らないようにしていきたい。でも、以前にも書いたけれど、今の会社、今の業界の常識というのに染まりつつあるのかなぁ・・・。

 プレゼンのあともやりとりが盛り上がって予定の時間をオーバー。ミーティングの時間をずらしてもらう電話を入れながらダッシュで会社に戻る。これって、ちょっと社会人として時間管理がまずかったかなぁ・・・。

前進あるのみ

 19日金曜日。休みの前の日とあってほとんどのメンバーが残っている夜のディビジョンに、弊社のCEOがふらっと顔を出す。「このディビジョンなんだよなぁ・・・」とぼそっとひと言。たしかに今はまだ会社にとって収益の柱とななり得ていない。わたしは途中入社組としてお給料はもらっているもののまだ何も貢献していないに等しい。先のCEOのことばは決してわれわれを責めているのではなくて、遠回しに期待を伝えたかったのだと思っているのだが、その矢面に立たされている上長は甘えられることばには感じられないだろうなと思う。がんばらねば・・・。
 
 今進めているサービス開発の中でも「コスト管理」の定義の話となる。正社員のみならず派遣さんも含めて、1日働くと月給の何分の1という計算はたやすい。いくつかの業務を行い、それぞれが使命を持って動いていると、給料ってサービスの原価として工数管理を怠りがちだ。これだけの工数がかかるからこそ、このくらいの料金を取ってもよいはずと自信をもって言えるサービスを作り上げたいものだ。

合宿研修

 22日午後から23日にかけて合宿研修だ。以前にマネージャー研修を泊まりで受けたことはあるけれど、今回は全社を対象にして行動基準であるわが社のOSを理解し身につけようというのが主旨。2班に分かれて全員が参加するのだが、わたしたちのディビジョンは先発組としてこの日程で参加する。会場も宿泊も両国。朝いつもどおりに出社していくつかの業務をこなした上で向かったのだが、お昼を食べる時間がなくなってしまって、こんなこともあろうかと あらかじめ昼食用に買っておいたパンを地下鉄大江戸線の車内で食べる羽目に。座れてよかったというところだけど、準備周到というのは往々にしてこういう事態を招くもの。

 前回参加したマネージャー研修では、とにかくみんな積極的で発言も活発だったことに驚いたのだが、今回の全社員対象の研修でもみんな臆するところなく発言もするしプレゼンもする。うかうかしていると何も意見を述べる間もなくディスカッションが終わってしまうくらいの勢いだ。退路を断ってここに賭けているおじさんもここは負けられない。べつに比較したり、優劣をつけようとは思わないが、これまで関わってきたいくつかの組織や団体は、それがボランティア的な成り立ちであったせいもあるのだろうが、じつに甘かったなぁと思わざるを得ない。真剣であることはたしかなのだが、本業は別だという意識がどこかで常に働いていて、スピード感に圧倒的に欠けていたと言わざるを得ない。

 研修は23日夕方6時すぎに終わった。ほとんどの人が直帰したが、わたしはどのみち帰る方向だしと一旦会社に戻る。ねむいなぁと思っていた地下鉄の中だったけれど、デスクに向かうと意外に作業が捗ったので22時までがんばってから退社。べつに研修の成果というわけではないけれど。

Pマーク

 25日。本日、弊社は朝からちょっと落ち着かない。「プリンターのまわりに置き忘れている印刷物は処分しますよ」とか「ちゃんと首からICカードは下げていてくださいよ」とか、いくどとなくおふれが回る。昨年来プロジェクトを起こして準備を進めてきた「プライバシーマーク(Pマーク)」の取得に向けての現地調査が入るのだ。フロアへの出入りにICカードを導入したのも、ノートパソコンにワイアーロックをつけたのもこの日のためだ。ミーティングで概要の説明も聴いたし、名刺やメモの取り扱いなどの回覧も何回か回った。

 個人情報保護法の施行も相まって、今、情報の取り扱いには細心最大の注意が求められる時代。ちょっとしたゆるみからもし漏洩などの事態を引きおこしたら、企業の存亡に関わることだってある。Pマークを取得するということは、対外的にキチンとした対応をしているということの意思表示ではあるが、要は関わる社員の意識の持ちようというところ。

 夕方になってこわもてのおじさん2人がフロアを歩き、ところどころで「ワイアーロック」を見せてくださいと声をかけたりしていった。弊社にとっては、ひとあし先に台風が上陸したようなところか? ただ、台風一過、気がゆるんでしまったら元も子もない。

セミナー

 26日、きょうは1時から5時すぎまで社費でセミナーに参加。セミナーは「ドラッグストア徹底研究セミナー」というテーマ。サブタイトルが〜ドラッグストアチャネル攻略のためのノウハウをすべて伝授〜ということで、主にメーカーの営業担当者がドラッグストアのバイヤーに対してどのような提案営業をしていったらいいのかという話。

 前にも書いたが、ドラッグストアが変わろうとしている。ブランド時代の終焉し、TV−CM商品が売れなくなって、わずか2年前のストアコンセプトが通用しなくなっている。つまり、確立された業態ではないと判断しているのだ。化粧品専門店業態はそのコンセプトもありようも確立された業態だと思っているかもしれないが、決してそうではないと考えている。まだ変わる余地はあるし、攻め込む余地もあるはずだ。

 現在でも市場に一定の規模を築いている業態がさらに大きくなろうとしているのだから、うかうかしていると化粧品専門店なんてひとたまりもない。セミナー終了後、ここはいつか役立つこともあるかもしれないので、関係を作っておくのも大切と、講師と、ゲスト講師としてこられていた静岡県浜松市のドラッグチェーンの社長に名刺交換にいったら、いつも御社は参考にさせていただいていますと言われて恐縮してしまった。

 夕方、急いで戻ってチームのミーティング。お盆休み明けの仕切り直し以降、さらにスピードを上げて組み上げてきたあたらしいサービスは、きのう経営戦略を決める場で俎上に上がっていた。わたしたちのチームのサービスにはいくつかの注文がつき、差し戻しとなった部分もある。オフィサー曰く、これはいいサービスになりそうだからという「期待度の表れ」というが、ちょっと複雑。

 ミーティングが終わってオフィスのフロアに戻ると、きょうは後半の合宿研修組がいないということもあるが、「ウイークエンドだぁ!」という空気がいっぱい。うちのチームもいつもより早く退社していく。とりあえず来週のすすめ方を箇条書きして、わたしも20時半すぎに退社。気分転換も大事だ(よね?)。

8月もあと少し

 29日、先週末だされた「ダメ出し」に答を出さなくてはいけない。新たな課題ももらっている。 それらは週末までにはキチンとしたかたちにしなくてはいけない。先週末作っていった箇条書きのtodoリストをもういちど順序立てて組み直す。でも、なんとなくそのわりにのんびりしてしまう。もちろん気分だけであるが・・・。今週は真ん前に座っている上長が夏季休暇でお休み、2人がきょうから3日間出張で留守、加えてきょうは体調不良で1人がお休みということで、7人しかいないこぢんまりしたディビジョンなのに、本日は、同じチームの3人だけということがそういう気分にさせたのかもしれない。

 午前中・午後と今週末に向けてのすすめ方を3人のチームミーティングで固めたが、ここでもなんとなく緊迫感というよりも楽しげな空気を感じてしまったわたしである。まぁ、この和気藹々感もいいことかも。あしたは他のディビジョンの人を交えたミーティングを設定。さらに詰めを進めなくてはいけない。

 31日、8月も本日でおしまい。新・サービスの構築は行きつ戻りつしながら、それでもチームで一丸となって前進中。肝心のネーミングに「ちょっと強すぎる」とチェックが入っていたのだが、なんとかこちらも代替案が見つかりそうだ。やっぱりひとりで考えるのとチームで考えるのでは全然違う。ただ、最初に聞かされていたのとちょっと違って、どうも他のディビジョンのサービスと微妙に重なり合っていることがわかってきた。だからこそのダメ出しとは思わないが、協調をうまくとっていく必要がありそうだ。うちくらいの会社でセクショナリズムをもちだす必要はないし、もともとの理念もミッションも同じはずなのだから。

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◆生活編

1日ドック

 8月3日、本日は1日ドック。今まで、自営業の私は市民健康診断はうけてきたけれど、夕方近くまでつづく本格的な健康診査を3150円で受けられるなんてとてもありがたい話。その3150円も立替ということで後日精算してくれるという。しかも、その時間帯は出勤扱い。もちろん、おわったあと15時半すぎに出社したけれど。

 本来は、前日の夜は9時以降は口をゆすぐ水以外は摂っちゃいけないことになっていた。でも、帰宅が10時だったからしかたなく10時半頃に夕食。このあとはまじめにお約束を守ったわたしだが、名古屋にいた頃にずっと飲んでいた高脂血症のクスリが切れてからかなりの日にちが経っているので、コレステロール値がどうでるかがちょっと心配。

 身体計測から始まって骨密度測定まで全部で14の測定と検査を受ける。こんど入社したI社の所属する健康保険組合の直営の検診センターは、エントランスが3階まで吹き抜けになっていたり、食堂からは西新宿の高層ビル群が見渡せたりと、まるでリゾートホテルのようなキレイな建物だった。検査機器も新しかったし、何といってもスタッフが大勢揃っていて、ありがちな「カルテを持って長く待たされる」ということがなかったのがすごい。これが3150円の自己負担だなんて、ホント申し訳ないかぎり。しかも、あとから会社から精算してもらえるし。

 これだけ精密にいろいろ調べられれば、あちこちにボロが出そうな50歳だけど、こちらに来て新しくかかる内科医が見つけられないことで、クスリを切らしたままになっている高脂血症が案の定、高い数値をはじき出した。あいかわらず貧血気味なので栄養指導はあったが、他はとくに大きな問題点はなかった。ホッと一息。

 運動負荷検査もあったが、なかなか心臓に負荷がかからなかった。これはランナーとしてはちょっと自慢できるかも・・・。ただ、後日届いた報告書によれば、心拍数はあまりあがらなかったものの、血圧は高くなっていったようで過激な運動には要注意というコメントが書かれていた。

 昨日の遅い夕食を最後に決まり事を守って、けさも水すらも口にしなかった真面目なわたし。検査の途中で昼食が出るのだけど、これが、鶏肉の香草焼きに、マグロの角煮、大根やゴボウなどの煮物、ほうれん草のおひたしなど、盛りだくさんのおかずなのに、ごはんと併せても750kcalで塩分控えめという生活習慣病対策にばっちりのメニュー。カロリーとか塩分とかおいておいても、東京に来てからもっともリッチな昼食だったかもしれない。

 食事といえば、外食をせずにじぶんで作る毎日はちゃんと続いている。会社帰りの夜のスーパーで安くなっているお魚を買ってくることが多い。4日の夜は「カレイ」の唐揚げ。ほんとうは煮付けにしようと思って買ったのだけど、よく考えたらみりんもお酒も落としぶたもない。そこで唐揚げにしたのだが、これがなかなかカラッと揚がっておいしかった。5日の夜には、もともと99円のゴマサバの片身がさらに半額になっていたので思わずカゴに入れた。しかしひとりの食事に片身はちょっと多かった。塩焼きとみそ煮とつくり分けてもよかったのだけど、じつは味噌がない。

 環境が変わったことにかまけてクスリを切らしたままにしていたことで見事に上がってしまったコレステロール値は早く何とかしなくてはいけない、ということで、ランナー仲間の開業医でK先生に連絡をとった。完全予約診療制のクリニックだけど、こんどの土曜日の12時すぎ、診療時間の最後に入りこませてもらい、処方箋を書いてもらうことになった。近所に医院もないわけじゃないけれど、初めての土地だけに知り合いというのは心強い。渋谷まで出て東急田園都市線に乗り換えて多摩川を渡って・・・ちょっと遠いけれどそれは気にならない・でも、じつはK先生のクリニックは小児科なのだ。いいおやぢが、こどもも連れずに小児科というのもちょっと何だけど、まぁ、婦人科よりはいいというところか。

そして名古屋へ

 8月12日。朝、目が覚めたら雨。それでも名古屋への帰省に向けて、朝から洗濯機をまわし、雨が止んで薄日が差した隙を見計らって少しの時間でもとベランダに洗濯物を出す。そして、部屋には掃除機をかける。

 朝ごはんで牛乳、食パンと野菜室のキュウリはかたづいた。ちょっと早めのお昼ごはんで納豆と豆腐も片づいて、賞味期限がきてしまうものはすべてクリア。冷蔵庫がスカスカになった、ホントはここで掃除をしておくとよいのだろうけれど、その時間まではなかった。

 地元駅からの地下鉄も山手線も空いていたけれど、東京駅はすごい人。事前にエキスプレス予約がしてあったからよかったけれど、帰省ラッシュの下りのピークらしい本日は、軒並み「満席」マークが並んでいた。そういえば、同じディビジョンの帰省組の女性陣もずいぶん前から飛行機や列車の予約を終えていたと言っていたし、田舎へ帰るのもなかなか大変だ。

 曇り空の東京から酷暑でギラギラ太陽の照りつける名古屋へというのをイメージしていた。ところが、地元駅に降り立つと曇り空で結構涼しい。水たまりがあたらしいところをみると、にわか雨が降ったあとらしい。これには救われた感じがある。何せ、お店を閉めた今、自宅部分にはエアコンがないので、暑さを逃れるすべがないのだ。

 戻って早々から、たまった郵便物や書類をチェック。まわりを見渡すとまたいちだんと物が少なくなっていて、妻の奮闘努力のあとがしのばれる。こっちにいる間にやってほしいことのリクエストを聴き、同時に大まかなスケージュールも決める。お盆の決まり事もあるので4日間といっても時間ってあるようで実はあまりない。早速、高いところにかかっていたカーテンを外す。まず与えられた仕事は、高いところ・重いものというところ。
 帰省2日目の13日の午後、墓参りに出かける。おしょらいさまをお迎えに行くというお盆の決まり事。年内完成引き渡しのギリギリの線で折り合いをつけてもらって、解体をお盆明けにしたのは、このお盆の行事を仮住まいではなく今の住まいでしたかったからだ。

 4月の命日以来の墓参りだった。夏のこの時期は雑草が伸びるのもはやいからなぁと、目についた草を何気なくむしってみてビックリ。雑草だと思ったら何とスイカだったのだ。直径5cmくらいの実がついている。去年のお盆のお供えのスイカの種をカラスが飛ばしていったのだろうか? 玉石が敷き詰められた墓地でよくまぁ芽を出したものだ。その生命力に感心しきり。

 夜は、化粧品屋さん仲間のいちばんの親友と呑む。前回の帰省時には呑めなかったので、壮行会として呑んで(ぶっ壊れて)以来ほぼ2ヶ月ぶりというところ。あいかわらず他愛のない話なのだが、何かホッとするというか安心する。セリーグの首位を争っているタイガースと彼の応援するドラゴンズ、そのどちらが優勝しても盛大にお祝いをしようということでも意見が一致。ハイピッチで生ビールのジョッキを空け、焼酎のロックをあおったので、本日も見事にぶっ壊れた。彼とのフルコースのカラオケに行く前に、すき家で「豚キムチ(?)丼」を食べたことで、翌日妻の大顰蹙を買ったけれど、それも断片的にしか覚えていない。東京での生活はべつに「我慢している」とか「聖人君子たれ」と思っているとかいうわけではないけれど、「壊れてしまう」わけにはいかない。なので、彼には申し訳ないけれど「壊れる」ことができたというのがうれしかったりする。ただ、払いだけはちゃんと精算しなくちゃ・・・。(来月の帰省時にね)

 15日夜、満員の「のぞみ」で東京に戻ってくる。多摩川を渡って東京都内に入る。つかの間の眠りの間に気持ちが切り替わる。大げさな言い方だけど、ここはもうわたしにとっての「闘いの場」である。外は稲光がしているけれど雨は降っていないようだった。念のためと持ってきた傘が無駄になってしまうのかと思ったけれど、地下鉄を乗り継いで降り立った氷川台では小雨、まだ稲光もしていた。ちょっと前にはかなり激しく降ったようだ。ふだんは水音が聞こえない石神井川もごうごうと音をたてて流れていた。部屋に戻り着く頃には雨も止んでいたので、すぐに自転車でスーパーに向かう。何せ冷蔵庫は空に近い状態で、あすの朝のパンも牛乳もないのだから。これで、あすからの臨戦態勢(?)が整った。


 16日お盆休み明けの午前中のミーティングの最中に地震。きょうの地震はすごく長い時間揺れた。このまま果てることなく揺れつづけるんじゃないかと思われるくらいだった。ゆらゆらがぐらぐらに変わったとき、女性陣はテーブルの下に避難。ひとりは会議室のドアを開けに行き、わたしはホワイトボードをおさえた。発表は震度3だったけれど、きょうもまたドキドキした。長い時間の揺れだったから、きっと遠いけれど大きい地震だぞと誰かが言ったけれど、あとで見ると、宮城県で大きな揺れを記録していたようだ。一瞬、東海大地震を思い浮かべて名古屋はだいじょうぶかって思ったけれどホッとした。(被害にあわれたかたには申し訳ない)

合宿研修

 22日午後から23日にかけて合宿研修だった。今回の合宿研修は、会社のOSの理解と体得ということもそうだが、それよりも自らポジティブに考え行動することや、チームで力を合わせ課題を解決し、目標に向かって邁進し、成果を得るということを軸に組み立てられていた。

 「チームで力を合わせる」という意味もあって、初日の夜には親睦を兼ねて宴会が用意されていた。メニューは両国が会場だからと「ちゃんこ鍋」。名前の通ったお店らしいが、接客もイマイチなら味もイマイチだった。つくりかたや食べ方を伝えにくることもなく、鍋の火をつけにくるわけでもなく、ましてやできあがったものをサーブすることもない。焼酎ってどうやってだすものかということを知らないのかというような器がでてきたり、めちゃめちゃ濃い水割りやお湯割りにも驚いた。いくら広間の団体客だからっていってもこの接客はないだろう。

 弊社は女性が3分の2以上を占めているがよく飲む集団のようだ。わたしはディビジョン以外のメンバーと飲む機会はこれがはじめてだったけれど。不評のちゃんこ鍋のお店を出てもホテルに帰ろうとしない集団は、近くのチェーンの居酒屋に場所を移し30人近くで二次会がスタート。わたしは結局最後まで残っていて、部屋に戻ったのは2時近く。同じディディジョンのSさんのように2日酔いで苦しむということはなく至って元気だったけれど、やっぱり何のためにここにきているのかということを考えれば反省。

料理の腕

 24日、あすは台風の直撃が心配されている。23時近くに帰ってきて食事をしたあと(今夜は鶏の竜田揚げを水菜をしいたごはんに乗せた丼と、シューマイ)、あすの朝の食パンとお水をボトルに給水してくるために駅近くのスーパーへ自転車を走らせる。0時近くのこのスーパーははじめてだけど、結構買い物客が入っていた。あしたはたぶん雨で買い物に来られないからちょうどいいかもしれない。このスーパーではお約束の「あじの開き」を一枚。あしたのお夕飯かな。

 けさはブロッコリーをゆでた。緑黄色野菜もだいじだ。このあいだはちょっと柔らかくゆでてしまったので、冷凍しておいたのこりを解凍するといまいちだったので、今回はちょっと固めにゆでてみた。スーパーから帰った0時すぎには「枝豆」もゆでた。こちらも固めにゆでて大半を冷凍しておいた。今夜買ってきたおくらは、いつゆでようかと考える夜。

 焼く・炒める・ゆでるくらいしか料理のバリエーションはふくらんではいないのだけど、あす丸2ヶ月となる東京自炊生活を「楽しんでいる」じぶんがいる。遅く帰っても台所に立つのは苦痛ではない。その間仕事のことはひととき頭から抜け落ちている。この「間」も大切だと思う。でも、早く寝ることも大切だし、寝るまでの時間が短い週の半ばにはがっつり食べないようにもしなくては。

2ヶ月

 25日、本日で東京での生活がちょうど2ヶ月となった。長いようで短かったともいえるし、短いようで長かったともいえる。ただ、はじめてことばかりでとても中身の濃い2ヶ月だったということはまちがいない。今までの人生の1年分くらいを一気に体験したかのような気分だ。きょうお昼をご一緒した旧知のFさんからは、どのくらい単身生活を続ける覚悟なのですかと聞かれたけれど、帰る場所はもうないという状況で乗り込んできたのだから、「クビだ」といわれるまでは勤めつづけたいし、世の中(街のお化粧品やさんのため)に足跡を残したいという気持ちでいる。それに長い住宅ローンを組んだのだから簡単には尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない。

秋刀魚

 27日(土)お休みのお昼ごはんはきのうの夜買ってきた、まるまると太った生サンマ。1尾178円が半額で89円だったのだが、大きくてうちのお皿や焼き網ではそのままで無理だ。そこで、やむを得ず半分に切って焼く。肉厚でしっかり脂がのっていてガスコンロだけでなく、横に置いていた炊飯器まで脂が飛んだ。さっきガスコンロも掃除したばかりだった。サンマを焼くことはきのうから決めていたのだから掃除はあとにすべきだったと思ったが後の祭り。でもおいしかった。もちろん、もういちど掃除する

 30日の夕食は、9時20分後の帰宅といつもより少し早かったので、ちょっと手間をかけた。ナスの煮浸しとたらのバター焼き、冷や奴の大根おろし添えとボリュームたっぷり。ちょっと夜更かしをしないと消化に悪そうだ。秋ナスが出回りはじめて安くなったのはいいけれど、1袋5本入りとなるとひとり暮らしにはちょっと多いよね。でも、もったいないから食べるけれど・・・。

 31日、そろそろ底をつきかけていたマヨネーズ。わたしにとっての必需品であるので、早くスーパーの特売に出ないか目をこらしていた。(たかだか数十円のことなのでじつにせこい話だが)本日、いつも利用しているスーパーで特売に登場。21時半すぎの帰りに立ち寄ってくる。ついで買ってきたさばのみりん干しが今夜のおかず。梨が4つで298円と安かったので買ってきたのだが、名古屋にいた頃は果物にはむいて置いてあってもあまり手を伸ばすことはなかったので、じぶんでもこの食のスタンスの変化にはちょっとビックリ。単身生活は健康あってのものという感じだ。急に熱を出しても誰も助けてはくれないのだし、自己管理は大切だ。

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◆自宅建て替え編

  お盆休みの8月12日に名古屋に戻る。まわりを見渡すとまたいちだんと物が少なくなっていて、妻の奮闘努力のあとがしのばれるが、その一方で、ゴミ袋も多くなっている。週に1回の不燃ゴミの日やリサイクルステーションをフルに活用して、処分を進めてはいるようだが、一向にその数が減らないばかりか、仮住まいへの引越を目前にしてますますその数が増しているというところのようだ。ギリギリ駆け込みで片づけをしているこどもたちのゴミもその要因かもしれない。

 たしかに不燃ゴミの個別収集の日だからといって、それほどたくさんの袋を家の前に置いておくのもあまり褒められた話じゃない。だから、なかなか片づいていかないのもしかたない。商品などはすっかりなくなったがらんどうのお店の中に、燃えないゴミや産廃が積まれた状態は、解体の開始を目前に控えて不安材料ではある。直前に入ることになっている産廃業者さんの活用次第ということかなと思う。残念ながら、その時わたしは名古屋にいない。ここでも妻に頼らざるを得ない。申し訳ないかぎりだ。

 13日は、朝のうちに仮住まいとして借りている2軒に行ってみる。ひとつは戦前に建てられた平屋で、こちらは倉庫がわりに使わせてもらうことになっている。住まいとして借りたアパートのほうは新しくはないけれど、前に住んでいた人が比較的キレイに使っていたようでまぁまぁかな。畳の上にい草のシートを敷いてくる。必要最低限の物しか入れない予定だと妻は言っているが、それでもあまりゆとりはなさそうだ。わたしは何回かの帰省時に泊まるだけだけど・・・。


 14日。きのうの夜は化粧品やさん仲間の親友と呑んだ。調子に乗ってハイペースで呑んだためにやっぱり最後は壊れてしまったわたしである。このところ「酔ってはいけない」とじぶんを律する飲み会つづきだったので、久々に気がおけない親友とさしで酌み交わすというのは楽しみだったし、うれしかった。いつものように別段何かあしたにつながるような建設的な話をしているわけじゃないけれど、この他愛のなさがまたよいのだ。そんなわけで、けさは早くにスッキリと目覚めたというわけにはいかなかった。妻の「朝からがんばるっていったじゃない」ということばにノロノロと起きだす。でも、妻とのお約束でもあったので濃いお茶を飲んで水分を補いながら片づけにいそしむ。飲んだ端から汗になるという感じでがんばったので、きのうのアルコールも早々に抜けていったようだ。

 しかし、いくつか誤算もあった。ガスストーブを次の粗大ゴミの日に出すことにしていたのだが、ガスの栓がどうにも回らないのだ。スプレーのグリースをかけてみたけれどビクともしない。何十年とそのままになっていたのだからしかたないのかも。他ならぬガスのことだけに、ガスを止める工事が終わったあとにホースを切ってはすずしかなさそうだ。これもわたしは間に合わない。空箱だと思って置いてあった箱が実は空でなかったり、奥まったところから、この期におよんでまだ折り込みチラシが出てきたりした。こちらはちょうど今日がリサイクルの受付だった紙ゴミの業者さんに持ち込んだ。

 
 15日。帰省最後の日。月曜日のきょう地元の銀行から住宅建設費用のうち2回目の入金をする。変更前契約が完了したのを受けて、この仕様で資材の準備などをはじめていきますという約束事というタイミングか。先回の着手金と違って今回はちょっとまとまった金額なので、銀行の窓口では本人確認を求められる。もちろんそれは想定内のことで運転免許証も保険証も持って行っていた。これで、22日からの解体を皮切りとした建設工事が正式にはじまることになる。

 そののち、マイカー「CUBE」に目一杯積み込まれた不燃ゴミなどを破砕工場に持ち込む。本日は締めて100kg、2000円也。破砕工場に何回通ったのだろう。そしていくら使ったのかなぁ・・・。水曜日の粗大ゴミの日に向けて、今の今まで使っていたスチールの机やレンジ台などをお店の前のほうまで運び出しておく。商品の倉庫として使っていた2階の部屋から、産廃として処分する中身の入った化粧品のサンプルが入った袋を何十個も下に降ろしてくる。

 これで何とかなるメドが立ったかなぁ・・・。と考える。とはいっても、否応なしに引越の日も産廃の運び出しの日も、解体の日もやってくる。どうにも間に合わなくなれば、少し予算を積み増せば業者が処理してくれるはずだ。「いざとなったら無理せず、お金を使っていいから業者に任せなよ」と言ってきたけれど、ホントに無理しないでやってほしいと、後ろ髪を引かれる思いで東京に戻ってくる。

もどかしさ

 18日。本日は名古屋の自宅の引越の日。仮住まいへの移動、倉庫がわりに借りた家への移動。いずれも同じ町内と近距離だけど、結構大変な作業だったはず。移転先でのネットワーク接続のことで長男からはメールがきたけれど、夜になっても妻からは何の連絡もない。疲れ果てているのだろうか・・・。それとも細かい片づけに追われて連絡する余裕もないのだろうか、ちょっと気になっている。 きのうだったかおとといだったか境界画定のための測量もあったはず。隣接する地権者の方に立ち会ってもらっていておこなったはずなのだが、その連絡もない。ネットワーク接続の話が長男からきたということは固定電話は移設されているはずだ。もとより携帯電話は今までどおりだから連絡手段がないわけじゃない。こちらも仕事でばたついていて帰りも遅く、連絡をとるのをためらってしまったが果たして・・・。

 19日、金曜日。きょう名古屋の自宅では、産廃業者が入り、ガスを止める工事が入ったはず。中身の入った化粧品のテスターやサンプル、スプレー類。業務用なので破砕工場に持ち込んだり粗大ゴミで出せなかった印刷機などを産廃業者が片づけてくれたはずだ。ガス工事が終われば、ガス栓がどうにも回らず処理できなかったガスストーブも片づけられたはず。今夜も連絡がこないけれど無事終わったのだろうか? わたしも入社以来もっとも遅い退社時間だったけれど、それよりも妻のほうがうんと「おつかれさま」のはずなのだが。

 21日。土日の休みが終わろうとしている。名古屋の自宅はあすから解体がはじまるはず。あすの朝には建物の中ががらんどうになっていなくてはいけない。なので、私がこちらに戻って以降、測量・引っ越し・産廃の撤去・ガスや電気を止める作業・電話やネット環境の移設など忙しい毎日だったはず。

 妻からはずっと連絡がなかったのでダウンしてはいないかと心配をしていた。ルーティンワークとなっているアイロンかけを終えたところで、しびれを切らして携帯電話を手にとる。電話にでた妻はお店の中でまだ最後の片づけの最中だという。捨てる不燃ゴミなどの量がハンパじゃないことはわかっていたけれど、結局、産廃は片づいたもののこの家庭ゴミの処分がギリギリなっても終わりきらなかったという。あしたもういちど処分業者に来てもらうこととして、いまそれを一箇所に固めているところだという。まだ時間がかかりそうだが、ようやくほんとうに「メドが立った」というところらしい。

 いろいろな業者さんが入れ替わり立ち替わり入ったことで、なかなかまとまった時間がとれなくて思ったより時間がかかったとこぼしていた。最初の産廃業者さんのトラックでは積みきれないものがかなり残ったのが計算違いだったようだ。一時は一向に片づけきれないことでノイローゼになりそうだったというが、こどもたちがよく手伝ってくれてなんとかここまでたどり着いたと言っている。こちらが気を揉んでいるだろうことはわかっていたけれど、状況を連絡しようにもその気力もないくらいとも言っていた。

 たとえ、わたしが名古屋で生活をしていたとしても、日中は仕事に出ているとすれば大きな負担は妻であったであろうことは想像できる。でも、仕事から帰った夜には手伝うこともできたはずだし・・・と考えるとやっぱり、この一大事を支えきれなかったのは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ただ、あれこれ思いをめぐらせてみてもできないことはできないのだからしかたない。もどかしいが、わたしはわたしで今の仕事を元気でがんばるしかない。あしたになれば、いやでも解体業者さんが入って作業がはじまる。そうなれば、妻の疲れも癒されるはず。「ほんとうにお疲れさま」

ボタンの掛け違い

 解体もはじまっているはずで、大きなひと山を越えたかと思っていたのだが、測量の立ち会いの確認印を押すのを渋っている方があると連絡が入る。じつは境界を画定しないと先に進まない理由があって判をもらわないと困るのである。

 測量関係を依頼している会社の方では埒があかず、建築をお願いしている住宅メーカーの営業さんに連絡をとってみる。このSさんは、修羅場はいくども見てきたし、こじれにこじれて土壇場で話が消えてなくなったこともあると話してくれていたこともあって、うちも結構厄介な問題を相談してきた。Sさん曰く、今回のケースへの対応は、わたしが直接電話を入れることだという。

 そういわれてみれば、わたしが東京にいて動きがとれないこともあって事務的に事を運んできていた。名古屋市が出してくる基準点に基づいて測量するのだから間違いはないものだとも思っていた。しかし、土地の境界という問題はたとえ数センチでも数ミリでも、それが資産価値に直結するとあれば、軽率に判は押せないという言い分も誤りではない。
 要は、当の依頼主(地主)であるわたしが、はじめから前面にでていればよかったということだ。人任せにしていたことがこのボタンの掛け違いを生んだのだろう。いつもよりも少し早く出勤して、まだ人が少ない社内からその方に電話をかける(もちろんじぶんの携帯電話からだ)。単身赴任で東京に来ていることで、隣り合った関係だった(今は別のところに住んでおられるが)のに、何もかもを業者さんにお任せにしていたということをまずもってお詫びする。その後に、わたしの口からこちらの事情を話させていただく。そして、先方のおっしゃることをじっくり聴かせていただく。

 結局のところ、はじめの1歩がちょっと脇に踏み出していたということか。今後、先方が不動産の売却などで再度測量をおこなわれた際、今回うちが画定しようとしている境界の杭と異なる結果がでた場合には、予断を持たず双方で確認しあうということを文書で確約することで折り合いがついた。再測量したとしても数センチの狂いがあるかどうかだろうし、狂いが出るとはかぎらない。当方としてはこの提案に異存はない。できれば、その役はわたしが担いたいところだ。
 

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