7月

 仕事編
 生活編
 自宅建て替え編

◆仕事編

 勤務先のI社は7月から事業年度がはじまる。6月27日が正式入社日のわたしは、形式上は2年目ということになり、有給休暇が1日多くつくらしい。新年度のスタートとともに、社内の体制に大きく変更があり、あわせてフロアの配置が変わった。わたしの場合は大きな移動ではなかったし、もともと1週間しか仕事をしていないので戸惑いはなかったけれど、机の向きが変わり、上長と向かい合わせとなった。

 6日(水)には名刺ができてきた。全社一斉にデザインが変更になるということで、入社後1週間待たされていた。Webデザイナーも抱えている会社なので、もともとデザインはおしゃれだったのが、こんどは縦置きに横書き。裏には英語表記もプリントされていて、じぶんでいうのも変だがなかなかカッコイイので、ちょっとうれしい。

 7月1週(宮仕え2週目)は、これまでじぶんが長い間その生活のフィールドとしてきた「化粧品店」にとってプラスとなることを新規事業として立ち上げるという画を描く作業に時間を多く割いた。全国の化粧品組合の事務局(古巣)に、上長と表敬訪問もした。なんか、お尻がもぞもぞするような変な感じがした。事業というからには当然弊社にとって収益が発生するものでなくてはならないが、それをもってしても採りいれるお店のほうがメリットを感じてくれる内容でないといけない。しかし、いざそれを具体化するとなると、なかなかインパクトのある画が描けない。要は、もしじぶんが提案される側だったとして、これならお金を払ってでも頼みたいと思えるものが具体化できないのだ。今のところ、グループに他のメンバーはなく、ひとりで黙々と考えつづけることがルーティンワークになっているのだけど、この週はちょっと煮詰まった感じ。金曜日の夜、「まぁ、このあとの休みで充電しよう。くよくよ悩んでいても妙案は産まれてこないものだし。」と5日ぶりに缶ビールの栓を開ける。

 7月2週(宮仕え3週目)、月曜日の午後、同じディビジョンの女性陣に参加してもらってブレスト。先週、煮詰まっていた新規事業について自由に考えをぶつけてもらおうという意図。約1時間半、「ほぉ! へぇ! なるほど!」とうなずける考え方やキーワードが出てきて、なんとか袋小路からは抜け出せそう。こちらの企画書はそろそろまとめにかからなくてはいけないので助かった。それにしても、ディビジョンの女性陣の街のお化粧品やさんに対する辛辣な意見の数々には苦笑いするしかない。このあと、ネットユーザーにアンケートをとることになっているが、およそ結果は推して知るべし。街のお化粧品やさんの前途は多難である。

 新年度のMBO(目標管理)評価シートの定義についてオフィサーと話をする。数値目標として定量評価の基準となるこのシートと、会社のOSをどう理解して行動したかを示す行動評価シートとでこれからの仕事が評価される。簡単にいえば、昇級と昇格がこれで決まるということ。自己責任といえば聞こえがいいが、じつにあいまいな感覚で仕事が通用した自営業とは大きく違う生活に足を踏み入れているということが、ここでも思い知らされる。甘えも妥協も許されない。

 3連休の帰省から帰った火曜日は、4週目のスタートにして初めてのスーツでの出勤。この日は午後、全国の化粧品組合の事務局で理事長、専務理事さんにこのあと一緒に進めていきたい事業についてのプレゼンを行った。帰名中に化粧品やさんの有志が開いてくれた壮行会に来てくださった方からは、なんとか変えよう、変わっていこうという意識を強く感じた。そのお手伝いができれば恩返しとなるのだけどなぁ・・・と考える。ただ、外に出たからできることもあるけれど、それには事業としての採算性も絡んでくる。悩ましい判断を迫られる場面もあるだろうなぁと思っている。少なくとも全員を救い出すことはできないだろうなと感じている。この日のプレゼンでも、化粧品組合の大多数を占める「インターネット」「パソコン」に抵抗感のある人たちにはにわかに理解しづらかろう、もっとストレートにわかりやすくしないとダメだよと言われてしまう。今いる業界と、今いる会社での常識はここでは通用しないことをあらためて思い知らされる。わかっていたはずなんだけど、3週間でちょっと走りすぎてしまったのかなぁ。

 理事長さんも専務理事さんも、地元愛知県の方、つまり旧知の間柄というか、わたしが組合の仕事に関わりはじめたときからずっとおつき合いをさせてもらった方だ。今回の転身については、早い段階で理解を示してくださったある意味「恩師」と呼べる方たちだ。I社という肩書きを背負っての初めてのプレゼンは、まだ奇妙な感覚がある。理事長さんも専務理事さんも、対応には戸惑いがあったかも。いい意味でラフな言葉遣いで対応いただけたのは幸せだった。

 4週目はいくつかの業者さんの往訪を受ける。事業への関わりの具合やら、将来的に「お金」になるかどうかの肌感のようなもので、先方の態度に微妙な違いがあるのがわかる。でも、業界の体質なのか、おそらく本人はまったく意識していないだろうけれど、人を見下したような態度が露骨な人もいた。いかにも「紹介してやってるんだぞ、ありがたく思え」って空気が漂う。化粧品業界にもかつてはバッチの威力を勘違いしていた人も多かったけれど、そんな人間にはなりたくないものだ。

 5週目、一気に忙しくなる。今までうちのディビジョンが事業として行っていたものを、より大きくしていくため、より拡げていくために、事業の相手先を変えることになったのだ。すでにあたらしい事業年度が立ち上がっていて、PLもすでに承認されて動き出している中なので、いくら拡大するためといっても、それには取締役会が納得し、承認するだけの事業計画を描かなくてはいけない。今までわたしは関わっていなかったほうのグループが担当していたのだけど、この計画作成には頭から関わることになった。

 しかもタイムリミットがすぐ目の前。26日の上長とのすりあわせをスタートに、1日に2回ペースでミーティングをくり返し、夜にはその日のまとめを成果物(パワポ)にして、それを題材にまたミーティングというペース。29日金曜日の午後には、経営戦略ミーティングに提出する事業計画案ができあがった。なんどもブレストをくり返すことでどんどんかたちになっていくのがわかって、これは収穫でもあり、手応えだった。仕事の張り合いも感じられた。ただ、ちょっと気を抜くとデッドエンドにはまってしまいそう。

 今回の一連の作業の中でも、化粧品やさん仲間の中では通用した企画書の作り込みもパワーポイントの見せかたも、やっぱり「熟練のワザ」の前ではまだまだ力不足であることを痛感させられる。これは場数を踏むことと、こうした現実の成果物を目の当たりにすることで吸収できていくのだろうか? それに対応できる柔軟さがなくなったら、おぢさんはおしまいだ。そして、「よくがんばった」が自己満足で終わっていてはいけない。これが次々に新しいステップを上っていくことにつながらないと存在価値がない。

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◆生活編

 6月25日(土)に引っ越してきて7月1日(金)で1週間が過ぎた。心配していた家事のほうはなんとかまわっている。まったく苦に感じることもないし、外食に頼ることもない。・・・というか、マイルームに救いを求めているような感じがする。1週間のゴミ出しのローテーションがまわった。最後にまわってきた金曜日は「びん・缶・ペットボトル」のゴミ出しの日。ペットボトルに関しては練馬区の中でもテスト地域らしい。名古屋と同じように街角のあちこちにコンテナが置かれている(ペットボトルはネットの袋)のだが、名古屋ほど「ゴミ分別収集」の意識が高くないせいか、住宅街でびっしり家は建っているし、マンションやアパートもいっぱいあるのに、カゴの中がとても少なくてビックリ。不燃ゴミとして捨ててしまっているのだろうか? それともスーパーやコンビニを利用しているのだろうか? もうひとつ違いに驚いたのが、ペットボトルは外装フィルムをキチンとはがして捨てられていること。決して量は多くないけれど、これはキッチリ守られている。

 宮仕えがはじまってはじめて迎えた週休2日の週末。土曜日の朝、ディスカウントスーパーの日替わり限定の「6段変速」の自転車を手に入れる。20分前から並んだけれど、ギリギリ最後の1台だった。同じフロアの家電量販店でアイロンも購入。名古屋から持ってきた「ハンディアイロン」では苦労しそうだからなぁと奮発。「フローリングワイパー」なども購入してmyチャリで颯爽と帰宅。先週の週末、バケツやらゴミ箱やらを抱えて歩いてきた道のりも自転車なら楽々。これでちょっと生活行動半径がひろがりそうだ。

 翌日曜日には、JRの定期を買いに出た池袋で100円ショップに。一週間の生活の中で足りないことがわかった細々した台所用品などをいっぱい購入。小ぶりなどんぶり、ちょっと大きめのマグカップ、バターナイフ、お玉、フライ返し、魚焼き網など。あらためて思うことだけど100円ショップってやっぱすごいねぇ。

 ジョグもスタート。地図で確認していた大きな公園も確認。シネコンや「庭の湯」などのある「としまえん」も意外と近いことがわかる。都営の地下鉄の駅もあるから、いつも氷川台の終電が終わったあとも、こちらならもう一時間くらい遅くなれる。

 購入してきたコードレスアイロンで「アイロンかけ」にも挑戦。名古屋を出てくる前に妻の「講習」を受けたときは、ほとんど初体験ということもあって、果たしてどうなることでしょうという感じだったけれど、ゆっくり時間をかけてあせらず取り組めば何とかなるもの。これもだんだん慣れるでしょう。

返す言葉

 7月9日(土) スターウオーズ エピソード3の公開初日。あらかじめ場所を確認し、指定席も確保してあった近くのシネコン「ユナイテッドシネマズとしまえん」で朝いちばんで鑑賞。自転車で楽々行けるところにシネコンがあるのはありがたい。3日後、妻が怒って電話をかけてくる。「何でひとりだけ先に観ちゃったの! こんどこっちに帰ってきたときに一緒に観にいこうと思っていたのに・・・」

 自己弁護になるけれど、無駄遣いはしていない。外食もしていないし、呑みに行くのも最小限だ。(あ、べつに我慢や辛抱しているわけではない)それなりにちゃんと家事もやっている。それでも、ひとりでの暮らしでは、他に煩わされることのないじぶんの時間をやりくりすることは、比較的たやすい。しかも、今、名古屋ではお盆明けの自宅の解体・建て替えに向けて、まだまだ片づけもつづいているし、仮住まいを見つけることやら、引越業者の見積もりをとったりと、毎日毎日が追われるような日々がつづいている。遠く離れてしまっていることで、そのほとんどが妻任せで、電話やメールで報告を聞いているだけのわたしなのだ。呑気に映画を初日から観ているということを咎められても返す言葉がないというの事実だ。でもねぇ・・・

 海の日の3連休で貴名した土曜日の夜、妻と「スターウオーズ エピソード3」を観に出かける。「2回目だから感動が薄いでしょ」とイヤミを言われたけれど、はい、ごもっともというところでやはり返す言葉がない。でも、じつは、2回目だからより理解が深まったというところもあって、これはこれで悪くない。

 平日、氷川台の駅に降り立つのは21時から22時の間が多い。この時間に駅前のスーパーに寄ると、いつものことながら同胞というべき男性客の姿が目立つ。キャベツ半玉、大根半分といった野菜を買い求めたり、お刺身の半額処分品を買い求めている姿には、わたしとおなじ匂いがする。個人的にはスーパーでの食品の買い物は大好きなので、わたしの背中には悲哀の色は漂っていないはず。それに、野菜好きのわたしは「半玉」とか「半分」という買い方はしない。ある夜、カゴ一杯にカップ麺や焼きそばを買い込んでいたスーツの男性が、レジで前になった。商品をスキャンしていくとカゴの底からパイナップルが1個まるごと出てきた。せめて果物をということなのだろうか? でも、どういう食べ方してるのだろう・・・。なんかミスマッチな感じで「微妙」。

 23日は自宅にいて地震に遭遇。はじめゆらゆらとちいさな横揺れがきた。ちょうどパソコンに向かって座っていたときだったので、すぐに気がついた。ほどなくして縦揺れというか斜め揺れというか、かなりぐらぐらという感じで揺れた。練馬は震度4らしかったが、しばらく三半規管のバランスがずれたみたいの感じで、からだが揺れている感じが続いた。重さのあるテレビ台はどっしりとしていたが、その横に置いてある書類ケースはしばらく揺れていた。

 こわいという感じはなかったけれど、ちょっとドキドキした。気がついたらキーボードをしっかりとつかんでいた。キーボードじゃ何ともならないのにね。でも、震度4でこれくらいだから、巷間噂されている大地震がきたらどうなるんだろうねぇ・・・。

 29日(金曜日)夜、神奈川に住む2人の姉に会いに来た妻が泊まっていく。さしずめ、ちゃんとやっているか採点にきたというところかな。ガスコンロや洗面台のボウルを掃除してくれたりしたけれど、まぁ、それなりにちゃんとやっていることに及第点はもらえたはずだけど。

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◆自宅建て替え編

 大きなものの片づけのメドは立ててきたし、かなり処分はすませてから東京に来たけれど、まだまだしなくてはいけないことはいっぱい残っている。それは、すべて妻がしなくてはいけない。遠く離れて何もできないことがもどかしいし申し訳ない。引越についても3社から見積もりをとったようだ。各社それぞれの持ち味があって判断に迷ったようだが、価格ではなくて「家を守る」主婦の肌感で決めたようだ。

 立て替え中の仮住まいもあちこちあたって決めてくれた。私も話を聴いて下見もした同じ町内の物件は、築年数が経っていて一家で暮らすにはやっぱり無理がありそうと判断をしたようだ。ここは倉庫がわりに使わせてもらって、母親と妻はすぐ近くのアパートで、そしてふたりのこどもたちが大学に近くなる妻の実家でと別々に暮らすことになった。その交渉もすべてやってくれた。

 海の日の3連休を利用して名古屋に帰った。引っ越し用にはやばやと届けられていた段ボールが積まれていたけれど、家の中はずいぶん片づいていた。まだまだ、お店の什器がどうなるかとか、動かすことがむつかしそうで先送りになっていたテレビやエアコンなどもどうにかしなくてはいけない。

 今どき貴重品の家具調のカラーテレビは、こどもたちの手伝いで何とか運び出し、そのまま家電リサイクルへ。持ち込んだ家電量販店では、久しぶりにこんな立派なのを見たと話題になる。これでも14型や15型とも同じ料金だなんて申し訳ないくらい。ウインドファンも取り外せたし、いきなり思いっきり汗だくとなったが、とりあえずお役目は果たしたというところ。

 帰名2日目の日曜日は、積み残しとなっていた書類の整理に励む。といっても、ほとんどが要らないもの。「いる」「いらない」をより分けるというよりも、大きさを揃えて縛りやすくするという感じ。たくさんセロファンの窓つきの封筒がたまった。練馬の人の感覚だと、これはすべて「燃えるゴミ」だ。でも、名古屋人の感覚だと、窓の部分のセロファンを取って、プラと紙容器とに分けてそれぞれにリサイクルということになる。この手間暇のかけ方でなかなか片付けが完了しない

 最終日は、こどもたちに手伝わせて屋根裏部屋の奧にしまい込まれていたパネルヒーターやホットカーペットを運び出したり、壊れたまま放置してあった乾燥機などを水曜日の粗大ゴミの日に向けて運び出しておく。お店のシャッターのすぐ側まで運んだのであとは当日朝、何とかなるだろう。そこの面倒はみられないのでごめんなさいという感じ。

 本箱の中や「思い出の品」と書かれた箱の中の整理もした。通知表やら小学校の卒業文集などが出てきた。残念ながら宇宙飛行士の野口さんみたいなしっかりした将来の目標は書いてなかった。中学・高校の通知表では、どんどん落ちていく成績が見てとれる。これはとてもこどもには見せられない。

 本箱の中からは、今の妻の前に遠距離恋愛をしていた娘からの手紙がどっさり出てきた。ついでにそのもうひとり前につきあっていた娘の写真もでてきた。隣で、これはもういらないとわたしが言った本や雑誌を妻がしばっていた。「あらら、ラブレターだよぉ」とおどけてみせたけれど、べつに反応はない。まぁ、そんなこと「大人の対応」というか、もう時効だもんね。

 帰名中に自宅を建てていただくA社の担当さんに会って、変更契約に向けて最後の打ち合わせをする。いよいよ最終的にGOサインを出すタイミングが迫っている。24日、東京の自宅に宅急便で分厚い契約書やら、ローンの書類などがどっさり届いた。必要な箇所に署名押印して、即日、送り返す。これで変更契約完了。いよいよお盆明けには解体がはじまる。でも、まだまだやらなくちゃいけないことは多い。こんど現場で手伝えるのは、直前となるお盆休みだ。
 

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