フルスロットル

 

◆5月31日(火)

 いよいよ最後の営業日。創業50周年の年に2代目のわたしがその幕を閉じることになった。朝、起きだしたときは父の仏壇に報告をしてからと思っていたのだけど、バタバタしているうちに忘れてしまった。重ね重ねの親不孝を詫びなくちゃ。

 開店から閉店まで、ホントに一息つく暇もなくずっと接客していたというような状況だった。なので、感傷にひたっている暇がないままあっという間に1日が過ぎ去っていったという感じ。幸いにして、お客さまがあまり重なることなくうまくばらけて来店いただけたのがありがたかった。終わってみるとここ数年でもっとも多い売上を記録していた。くわえて、きょうも花束をいくつかいただいたり、涼菓の詰め合わせなどいただき物が多数。メーカーさんやら仲間のお店からのものもありがたかったけれど、お店のお客さんから、こんなにいただきものをするとは思いもよらぬことでひたすら感謝のみだ。

 はたしてうちのお店は、そのお客さまに対して、これだけのことをしてもらうような店頭活動をしてきていたのだろうかと自問すると同時に、こちらの都合でお店を閉めてしまうことでご迷惑をおかけしているのにと申し訳ないで気分いっぱいになる。

 夜9時、張り紙をして、妻と一緒に最後のシャッターを下ろしたけれど、淋しいとかかなしいとかじゃなく、なんというかホッとしたというような感覚のほうが強かったのはなぜだろう。

 のんびりする間もなく、翌日からさっそく商品の撤去などがはじまるので、シャッターを下ろしたあとも店内でその準備作業をはじめる。じぶん自身のあたらしいフィールドに向けての準備もすすめていかなくちゃいけないし、もしかしたら感傷にひたることなく時間が過ぎていってしまうかもしれない。PICO平野屋というお店がなくなったんだということを淋しいと感じるのは、もしかしたら、わたしたちよりまわりの人たちのほうかもしれないなってふと思ったりもする。

▲このページtopへ

◆6月1日(水)

   閉店から一夜明けて、きょう午前中から早くも商品の撤去がはじまった。10時半にやってきたメーカーは当店でいちばん在庫金額の多かったメーカー。4人がかりでもお昼1時すぎまでかかった。ハンディターミナルでスキャンするとあとは無造作にオリコン(折りたたみのプラスティックのコンテナ)に放り込まれていく商品を見ていると、きのうまで丁寧に袋に入れてあげていた商品だったのが、たまたまうちにあったということだけで、そんな風に扱われてしまうのって、化粧品たちに申し訳ない気持ちになる。入れ替わるように12時半頃にやってきたのは、在庫金額が2番目に多いメーカー。こちらは3人がかりで15時近くまでかかって作業をしていった。この2社の商品が片付き、POSレジと顧客管理用のパソコンなどが撤去されたら、お店の中は一気にがらんどうとなってしまった。

 あらかじめ頼んであったNTTの回線種別変更とデータ伝送用の回線の解約にともなう工事も午前中にあった。店頭に掲げてあったメーカーの電飾看板も撤去された。猛スピードでPICO平野屋というお店の存在が消え去ろうとしている。

 夜、お店に下りてきたとき、暗い中で足下に置かれていた箱につまずいた。その勢いで商品棚に左の胸をぶつけた。たいしたことはないと思うのだけど、ちょっと深呼吸をすると痛む。まさか、ひびが入っているということはないだろうな・・・

▲このページtopへ

◆6月3日(金)

 朝目覚めたとき、きのうより胸の痛みがあった。ふつうにしていれば痛くはないので、単なる打撲で骨折はしていないとは思うのだけど、胸を張ったときや深呼吸をしたとき、間が悪くくしゃみをしたときなど、きのうよりも確実に痛みが強い。ちょっと気になる。

 きょうで主だったメーカーの商品の搬出が終わり、いちだんとお店の中ががらんどうになった。なんと声が天井に響くのだ。ものがないということはこういうことなんだね。

 このところ、正直、営業しているときよりも忙しい。片づけもだんだんどうにもならない「ゴミ」ばかりになってきているし、それがまた営業50年の積み重ねということもあって、ハンパじゃない量がある。なまじ、お店の器が大きかったので、「まぁとりあえず」とか「いつか使うかも」ということでしまい込んでいたものがイヤになるくらい出てくる。加えて、今回は一気に自宅の建て替えまでしてしまおうということなので、お店の50年の垢と、住まいの40年の垢がいっしょになっているからたいへんだ。

 そんな片づけに一区切りつけて、夕食後、ベッドを見にに行く。単身生活で使うものだ。はじめは通販でよくあるような折りたたみ式のものを想定してたのだけど、見てみるとどうもマットが貧弱で気に入らない。いくら、おやぢのひとり住まいといってもなんだかね・・・ということで、疲れて帰ってきて眠るだけということも多くなるかもしれないとあって、マットにちょっとお金をかけ、フレームはごくシンプルな木目のものにした。

 その接客をしてくれたのが、年の頃なら60近くなのに「研修生」という胸章を着けた謎の初老の男性。ちょっと慇懃無礼なところもないわけじゃないけれど、丁寧でなかなか感じのよい接客だった。それにしても「研修生」というのが謎。粗利が取れるはずの自社オリジナルのマットではなく、同じ金額の大手F社のマットを薦めたあたり、じつはF社の出向社員かなとも思ったりしたけれど、果たして?

▲このページtopへ

◆6月9日(木)

  きのうは、朝7時過ぎののぞみで上京。7月からお世話になる会社でいくつかのミーティングをこの1日にあわせてくれていたのだ。朝イチから上司とミーティング。片づけの合間を縫って作っておいた「宿題」をはさんで意思統一。その後、外部のアドバイザーさんともミーティング。そのあと、夕方18時すぎに仕事をあげてもらって、入居が可能となった練馬の新居に出かけた。引越は25日に決めているんだけど、それまでに部屋の詳細のサイズを測っておかないと、新たに買いそろえる家電だけでなく、うちから持ち込む予定の家具類の配置も決められないからだ。照明器具さえ持ち込めば、とりあえず泊まれるはずだという算段。

 ベッドはまだ配達されていないので寝袋を持参。会社の仲間からはすごい荷物だねと笑われた。仕事を終えて池袋へ。池袋駅東口のBカメラ本店で照明器具を買う。ただでさえ大きな荷物のところに照明器具(シーリング)を下げて地下鉄に持ち込んだところでハッと気づく。天井に照明器具をつけるのはいいけれど踏み台がない。地元駅から大きな荷物をぶらさげよっこらよっこら歩いて9分。途中の電気工事屋さんの外に脚立が無造作に置いてあったのに目がいくが、まさか持ってくるわけにもいかない。

 懐中電灯で部屋の中を照らしながらブレーカーを上げて、台所や玄関の電気の灯りを頼りに居間のシーリングをつけようとする。苦肉の策で持ち込んだ寝袋を踏み台にしてみたけれどやっぱり届かない。あれこれ考えた末、照明器具の入っていた段ボールを土台にしてその上に寝袋を置いてみる。ちょっと不安定でぐらついたけれど、なんとか手が届いた。ちょっと苦労してなんとか居間に光が! あぁ、よかった。その後、持ち込んだ白黒の携帯テレビで日本対北朝鮮のワールドカップサッカーの後半を見る。柳澤のシュートも大黒のシュートも小さい画面ながらなんとか見届けた。

 試合が終わって駅近くのスーパーまで10分ほど歩いて夕食の買い物に。ここは深夜1時まで営業しているので、こちらにきたら利用させてもらうことは間違いない。生鮮コーナーを歩いていくと、おぉ、お刺身が半額じゃないの! あ、でも醤油がないや。いやいやお箸もないよ。ということに気づく。今夜のところはコンビニにすればよかったと気づくが後の祭り。しかたないのでお箸を買う、280円也。22時ちょっと前のこの時間ならお弁当もお総菜系もまだいろいろ買える。単身赴任風の同志と思われるおとうさんも見かけた。ちょっと心強く感じてレジに並んだら、ご自由に持ち帰りくださいとお手元が置いてあった。あらら280円・・・。

 きのうの夜はフローリングの床に寝袋。やっぱり熟睡はできない。夜中に何度も目が覚めた。途中で持っていった着替えの下着の入った袋を枕がわりにしたら、ちょっと眠りが深くなったかなというところ。でも、まぁまぁ疲れることなく朝を無事迎えられたから良しとしよう。

 通勤通学の人の流れにのって駅前のコンビニにパンと新聞を買いに行き朝食とする。新聞にすみずみまで目を通しながら午前中の約束のガスの開栓工事を待つ。9時から12時の間の約束のほぼ真ん中くらいの10時40分過ぎにインターホンが鳴る。ガスという特質上立ち会いが必要ということなのだけど、あっけなく終わり「なんだかなぁ」というところ。

 ガスの工事やさんを見送ってから、きのうにつづいて池袋のBカメラに家電を買いに行く。冷蔵庫・洗濯機・炊飯器。電子レンジは同じフロアで調達できた。担当してくれたのは「実習生」の胸章はつけているが、なかなかにして愛想のいい女の娘だった。おぢさんの単身赴任だから必要最低限の機能のところで品選びをすすめる。ちょっと贅沢したのは炊飯器かな。マイコン炊きではなくIHを選んだ。ご飯くらいおいしく食べたいじゃないのね・・・。って、ちゃんとお米をかしたりするでしょうか・・・

 フロアを移って電話を買い、最後にテレビを選ぶ。ここまでで想定していた予算に少し余裕ができている。1Kという部屋のスペースを考えても、ブラウン管のテレビではなぁ・・・と液晶テレビの前に釘付けになる。とはいっても、大画面のテレビを買う余裕も部屋の広さもないけれど、15型くらいのならなぁ・・・と行ったり来たりしながら迷いに迷う。15型BSアナログがついて59800円(プラスポイント還元)、しかも「目のつけどころが・・・」のメーカーだし・・・ということで、清水の舞台から飛び降りる!

 当初、ブラウン管を想定していたので、これも引越の当日に配送を思っていたのだけど、これならお持ち帰りもOKと、きのうの照明器具と同じく、大きな荷物を手にして地下鉄に乗り込む。セットアップは壁に端子もでているのであっという間に完了。画質もクリアだ。何もないフローリングの床に置かれた液晶テレビ。なかなかにしてモダンリビングじゃんと自画自賛。でも、荷物が入るとガラッと印象が変わるんだろうなぁ・・・。

 帰りがけ、シャワーを浴びてさっぱりと身支度をする。次はお引っ越しの日かな?それとももう一回来ることがあるかな・・・。戸締まりはだいじょうぶかなと2度3度と確認をして出てくる。部屋を出てから名古屋の自宅までドアトゥドアで約3時間。時間的には大したことはないけれど、予算の関係でそうそうは帰れない。

▲このページtopへ

◆6月10日(金)

  「きょうはどちらですか?」とか「今、どこにいるの?」という電話があいついだ。きょうは名古屋。

 13時から17時の午後の時間帯は、建て替える自宅のインテリア打ち合わせ。うちから車で15分ほどの住宅展示場の中にあるモデルルームの一角に、インテリア打ち合わせ用のコーナーが作られていた。床材にいろいろな色のものが敷いてあったり、扉の見本も何色かあって、そのコーディネートが一目でわかるような工夫がしてあった。

 インテリアの担当は若い女性。躯体の設計などと違ってやはりこういうことは女性の細やかな感性がということなのだろうか。カーテンだ照明だという細部の仕様を決めていかなくちゃいけないとあって、まぁ、とにかく細かいこと細かいこと・・・。とても疲れた4時間だった。でも、図面の上やカタログの写真の色合いと現物はずいぶん違っていることもあったので、現物であったり、現物の見本を見てみるということはとても大事だと感じた4時間だった。と同時に、見積もりがでてくるのがちょっと怖かったりもする。

 図面と現実といえば、きのう測ってきた単身赴任先の東京の部屋は、実際に測ってきてみたら、不動産屋さんで示されていた図面よりも幅が狭く縦に長い造りだった。もっとも、不動産屋さんのチラシは簡易的なものだからしかたないけれど。図面で見ていたのと違っていてラッキーだったのは、冷蔵庫スペースがシステムキッチンの横にちゃんと確保できていたこと。PS(パイプスペース)となっていたところが、じつは狭いなりに収納スペースと使えること。あと、残念なのは、縦長でちょっと幅が狭いのでベッドの置き方に悩みが出たことか。8畳といってもサイズはいろいろということ、いずれにしても、キチンと現場を確かめてみることは大切だね。

 インテリア打ち合わせの午後の4時間をはさんだ午前中と夜は、せっせと棚の書類やアプリケーションソフトの箱を片づける。ふだんからこまめにやっておけばこんなに苦労することはなかったのにと、「後の祭り」とつぶやきながら、せっせと手を動かす。あさっては、とてつもなく大量の紙ゴミをリサイクルステーションに持ち込むことになりそう。ちょっとカッコ悪いかな?(汗)

▲このページtopへ

◆6月14日(火)

 本日午前中は2回目の名古屋市のゴミ破砕工場行き。今回はオーディオ関係の処分だ。高校生の頃に買ってもらったアンプやスピーカーなどを持ち込んだのだが、破砕の大きなコンベアの中に投げ込むとき、ついついスロープに滑らせるようにしてしまう。中には重たくてという物もあるのだが、やっぱり愛着のあったものだから、最後もつい丁寧に扱ってあげたくなるというもの。もっとも、アンプは音が出ないし、カセットデッキはスピードがおかしくなっていたりで、まともに使えていたわけではないのだけど・・・。

 工場の係員さんに「もっと思いっきり放り込んでいいんだよ」と言われてしまったけれど、やっぱりねぇ・・・。今回は締めて160kg、3200円也の処理料金だった。前回のビデオテープの処分とあわせて、これでわたしの音楽や映像関係の「歴史」はだいぶリセットされたことになった。このあとは、アナログのLPレコードかな・・・。

 直接、破砕工場に持ち込むには、いちど地元の区の環境事業所で申請書類を出さなくてはいけない。ここへは車で5分ほど、そしてそこから破砕工場も5分ほど。名古屋市民としてこのゴミ処理に関しては恵まれた環境と言えるかも。まず、入り口のゲートで車ごと計量。工場へのスロープを上がると、そこには大きな鋼鉄のドア。それが自動で開く様はなんだか映画のよう。そして、係員に示された投入口にバックで車を着けると、あとは鋼鉄のコンベアに放り入れるだけ。

 帰りも重々しい鋼鉄の扉をくぐり抜けてくる。そして「再計量」、行きと帰りの差が捨てたゴミの重さとなって、それに1kgあたり20円かけたのが手数料となる。う〜ん、こまめに処分しておけばよかった・・・。って思う。

 12日には化粧品やさん仲間がメーカーが引き取ってくれない一般化粧品を片づけてくれた。うまくすれば問屋さんに返品できるかもしれないよと言ってくれたのだけど、まぁ、金額などどうでもいこと産廃に出せば費用持ち出しとなるわけだから、引き取ってもらえるだけでありがたい。小学校のバザーに出せるかもしれないと、景品の残りやヘアピンなどの商品の売れ残りも引き受けてくれた。でも、彼の好意に甘えたとはいえ、なんだか「ゴミのたらい回し」のようで申し訳ないことしきり。

 翌13日には、別の化粧品やさん仲間が、使わなかった「チラシ」などの紙ゴミを引き取りにきてくれた。地区のPTAでキチンとした回収の仕組みができているのでと申し出てくださったもの。なんで使わなかったのっていうくらいに、メーカーのチラシが大量に出てきてちょっと恥ずかしかった。これも好意に甘えたものの単なる「ゴミのたらい回し」にすぎないので、使ってもらえそうな装飾物やら陳列カゴなどももらってもらう。それでも、なんだか申し訳ないことしきり。

▲このページtopへ

◆6月17日(金)

 15日の朝、粗大ゴミとして古い整理ダンス2竿、パイプベッド2台、学習机などが運ばれていった。運ばれたといっても、うちの前で無造作に収集車の後ろに放り込まれると、バキバキバキと大きな音をたてて破砕して飲み込んでいってしまうだけ。破砕工場のミニチュア版といったところで、終わってしまうとあっけない

 この古い整理ダンスの引き出しのひとつは、デパートのごくふつうの紙袋やら、昔の化粧品のキャンペーンの買い物袋などがぎっしりと詰まっていた。紙袋って、使いたいなと思ったときにないと困るものだけど、何もタンスの引き出しいっぱいにとっておくこともあるまい。それが、コレクションといえるくらいにキレイなものとかデザインの優れたものということならまだしも。ちなみに、じぶんの名誉のために書いておくが、わたしがコレクションしていたのではない。こうしてみると、わたしのコレクション癖(?)というか、物を捨てられない性分というのは母親譲りだということがわかる。あ〜ぁ、というところである。 こんどの東京のひとり住まいはもともと物を置けるスペースはないんだから、貯めこまずにさっさと処分する習慣をつけなくちゃ。

 ランナーのわたしのリセットもした。ずっと収納ケースにしまってあった大会のパンフレットや記録集、ゼッケンなどを思いっきり処分。スッキリしたけれど、こんどのリサイクルステーションは第3月曜日だ。それでも、さすがに秋田の焼き杉で作られた100kmウルトラの完走証は捨てられなかった。もっとも、あまり過去をキレイに精算しすぎると先が短いという話もあるので、輝かしいウルトラの戦歴であるこの完走証と、標高差を耐えた野辺山の完走メダルはしまっておくこととした。

 きのうの朝は「ふとん」の片づけ。よくもまぁ、こんなに後生大事にとっておいたものだというくらいのふとんが出てきた。中にはネズミのおしっこ臭いものやら、ネズミの糞がついたもの、かじられたものもあった。ということで、愛車キューブに思いっきり詰め込んで大江破砕工場へ午前中2往復。いいかげん環境事務所の人に「この人っていったい何」って目をつけられそう。でも、けっして「事業系のゴミ」ではありませんから・・・。

 きのうきょうと、妹が片づけを手伝いに来てくれた。バザーもあるからと使えるもの、バザーに出せるもの、捨てるものとせっせとより分ける。風呂敷がいっぱいでてきたり、これってどうよというような湯呑みやら急須やら・・・妹もわたしも見たこともないものが出てきたりする。早くにちゃんと片づけておけよなと、ぼやきたくもなる。それでもまだ、捨てたがらない風情の母なのだが、さすがに娘はこういうとき強い。有無もいわさずゴミ袋へと放り込んでいく。

 わたしは、その選別作業を横目にI社の宿題に頭をキリキリと悩ませる。もともと数字はキライなんだよねぇ・・・。でも、そんな弱音は吐いていられない。エンジン全開、フルスロットルで駆け抜けている感じの毎日である。

▲このページtopへ

<戻る>        <次へ>