ふたたび動き出した!

 

◆2005年3月28日

   朝から雨。予報では上がるといっていた夕方になっても一向に止む気配をみせない。空にはどんよりと重苦しい雲がたれ込めているのだが、個人的には明るい光のほうに向かって歩き出していこうとしているところ。きょうの定休日にもいろいろなメール、電話が入り、着実に「前へ」動いているというところだ。

 ただ、どんなに事情を語っても、結果的に化粧品組合で任されていた多くの仕事を「投げ出し」「逃げだし」ていくことには変わりはない。それでも「残念だ」「からだを壊さないようにがんばれ」と声をかけていただけるのがとてもありがたいし、涙が出るほどうれしい。

 きょうも、わたしの受け持っていた仕事をもっとも多く引き継いでいただくであろうOさんと組合事務所で作業をしてきた。恨み言のひとつも言われて不思議のないところだけど、いつもと同じ軽口をたたき合ってきた。「うんと出世して六本木ヒルズに居を構えることになったらちゃんと呼んでよ」って、そんなことあり得ないって。

 わたしに気を遣わせないようにということなのか、わたしを除く三役での緊急役員会が月末に招集されていることを知った。わたしの職務をどのように分担・継承するかを話し合うための開催だという。年度末・月末の忙しいときに、わたしの個人的なことから迷惑をかけていることを心苦しく思う。ちょっと前に後任・後継について何か腹案はあるのかというメールをいただいたけれど、それには「わたしがとやかく言える筋合いのものではないし、有能なかたはいらっしゃいますから」と返事をしておいたのが、この開催に通じているのだろう。いずれにしても申し訳ない話だ。

 夕方、うちに戻ると、こんどお世話になるI社からメールがきていた。新入社員を迎えるとともに、新体制がスタートする4月1日の全体ミーティングに同席してほしいという内容だった。フルコミットするのは7月からとしても、早く顔を覚えてもらっておくことは大切だから、これはわたしにとっても願ってもない話だ。ほんとうは父親の命日なので朝早くに墓参りをすることにしていたのだけど、これは父もわかってくれるだろう。

 同じ4月1日に入学式を迎える次男のスーツと、「2着目は1000円」セールで急遽買うことにしたわたしのスーツを受け取りに言ってきた。ちょうどこれがわたしにとっての「入社式」用のスーツとなることになった。

 お店で「閉店」の話をしはじめたことや、組合関係のやりとりがつづく中で頭の片隅に追いやられていた賃貸併用住宅の話もふたたび動き出さした。今夜、P社とA社から示し合わせたように相次いで電話が入る。両社とも、現況調査の結果を持ってきた以降、具体的なプランはまだ示してくれていない。P社はちょっと大きなものを考えているような口ぶりだったが果たしてどういうものを見せてくれるのだろう。見学会に誘ってくれたA社の担当者は、電話口で「採算性の面でなかなか厳しいですねぇ」と言っている。1週間後に面談の約束をするが、こちらもうまく動き出してくれないと困るんだけどなぁ。

▲このページtopへ

◆2005年3月29日

  きのうのブログを読んだI社のTさんから「4月1日は伊藤家にとって大切な行事のある日じゃないですか。べつにこのタイミングじゃなくちゃいけないわけじゃないので、家庭の行事を優先してください」とありがたいメールが入る。たしかに、父の命日で墓参りを予定していたし、次男は大学入学式を迎える。でも、法事というわけではないので墓参りは前日に行くことにしたし、小学校や中学校じゃないので入学式といっても、大学は親の出番はない。

 役員みんな、わたしのブログを読んで気を揉んだと聞かされ、わたしごときへの心配りに感謝しきり。ホントありがたいことです。でも、予定どおりでだいじょうぶですと返事をする。

▲このページtopへ

◆2005年4月1日

   4月1日。新年度のはじまりはあざやかに晴れた。けさのズームインスーパーの星占い、「おひつじ座」は運気のよさは2番目。「きょうの出会いはこれから先にとても大きな意味のある出会いとなる」とのコメントが流れた。

 きょうはいとう家にとって2つの門出の日。次男は大学の入学式を迎え、わたしは人生50年にして初めての「入社式」に臨んだ。正式には7月からフルコミットするのだが、新入社員の入社式にあわせて行われる全体ミーティングの席で紹介してもらうという機会を作ってもらったのだ。

 朝いちばんからのミーティングということで、昨夜はミーティングの会場でもある会館に部屋を取ってもらっていた。けさは4時前から1時間おきに目が覚める。枕が替わったからとか理由をつけられないこともないが、わたしも人の子、やっぱり緊張していたんだろう。結局、予定よりもかなり早く起きだしたので、ユニットバスにお湯をはって半身浴をしたあと身を清める(大げさ)。それと気合いが入っているせいか、たぶんこのお天気だとつらいはずの花粉症の症状も目立たない。きょうは超立体マスクはまずいよなぁと思っていた(一応は持ってきているが)のでとても助かった。

 入社するのは、新卒10名とキャリア組3名、そして一応キャリア組といえるのかなっていうわたし。予定は聞かされていなかったのだけど、他の3人のキャリア入社組と全社員の前に立ち自己紹介をするチャンスをもらえた。「会社の平均年齢をグンと押し上げた」とか「ここにいる新入社員にとってはおとうさんと同じくらい年齢」と、「おじさん」であることを逆手にとって、親しみを持って受け入れてもらえるよう訴えたつもり。あとで雑談していたら、25歳の男の子が「昭和の話大好きなんですよ」なんて、声をかけてくれたりした。彼のおとうさんは54歳らしい。まだまだ「企業!」って堅い感じではない、フレンドリーな雰囲気があるのがうれしいし、気が楽だ。

 こんど関わることになるディヴィジョンのミッションの説明を受ける。白紙に事業の画を描いていくことになるのだが、「果たしてわたしごときに」という弱音もちょっと感じたりもする。なんといっても「スピード感」が今までとは明らかに違うのだ。所詮、小さな器の中での仕事であり、それに対する評価でしかなかったんだという思いが、つい弱気に走らせる。でも、もう後には退けない、前に進むしかない。「がんばるぞ!」と弱気の虫を払いのける。

 お昼は、新入社員一同と役員とのランチ。イタメシ屋のランチをいただく。この先、フルコミットするようになると、たぶんお昼はコンビニがメインだろうから、こんな「優雅」なランチタイムは望めないだろうなぁ。食生活も毎日の生活のリズムも何もかもが7月を境にドラスティックに変わろうとしている。きょうはそのホンの前触れというところ。

 5時過ぎに名古屋に戻ってくる。今夜の夕食は「お赤飯」、いとう家の2つの門出を祝してのこと。これからの人生設計図に狂いが生じないようがんばっていくつもりなのだが、ここはひとつ、うまくいってくれるよう神頼み・仏頼みもしたい気分である。

▲このページtopへ

◆2005年4月4日 計画変更へ

 賃貸併用住宅の計画に大きな動きがあった。これまで3社がプランを出してきている。D社は、南側の道路に面して自宅を建て、そのつづきに北に向かって2階建て6軒の1Kの賃貸部分がつづくプラン。10年間の一括借り上げ保証を用意している。S社は、南側にちょっと広めの1ルーム4軒の賃貸物件を建て、北側に2階建ての自宅を別棟として建てるというもの。こちらは20年の一括借り上げが保証されているが、自己資金をかなり厚く用意しないと事業として成り立たないというプランだった。

 P社は、5階建てのプランをもってきた。1階は駐車場とし、2階から4階に1Kを12軒、オーナーであるわたしたちは5階に住むという壮大な計画だ。当然のことながら建設費の規模も大きくなるからリスクは多そうなプランだった。それにご近所との関係を考えると、建ぺい率や容積率をいくら遵守しているといっても、軋轢は避けられそうもない計画に思えた。

 見学会やセミナーを通じて、いちばん「しっかりした会社」という印象をもっていたA社のプランが、きょういよいよ示された。アポを取る電話で「採算性は厳しいですね」と言われていたのが気がかりだったが、果たしてどういうプランがでてくるのか楽しみにしていた。

 示された南側に駐車場を取り、奥まったところに3階建ての賃貸併用住宅を建てるというその計画では、お願いしたとおり、その1階部分に家族5人が生活できる自宅を用意してくれていた。賃貸部分は2階と3階で、2LDKを4軒とるというプランだった。この会社は30年の一括借り上げという「オーナーにとっての最大の安心」を保証していることもあって、将来に向けて安定した入居者が見込めるという点では、このサイズが不可欠という判断だった。

 で、肝心な事業性については、初年度から赤字である。その額は月数万という額なので住宅ローン返済と考えればそれほど無茶な数字ではない。建物を建てるのが仕事という建設会社という立場だけでいえば、「大した持ち出しではないので、この際どうですか」と薦められても不思議ではないプランだった。しかし、担当のS氏は「わたしはこの計画はお薦めできない」とハッキリ言い切った。

 今後、金利の上昇は確実なので、これ以上に赤字額がふくらむこともじゅうぶん考えられる。ならば、リスクを回避する意味では、総投資額を抑えることを考えたほうがいい。例えば、2階建ての自宅だけを建てて、あとは駐車場として貸すというような計画に変えれば、同じくらいのローン返済(持ち出し)でいけるのではないか。もし同じくらいの「持ち出し」というのなら、金利上昇局面においてもリスクは自宅だけのほうがはるかに少ない。

 というのが、ファイナンシャルアドバイザーでもあるS氏の見解だった。ちなみにS社のプランを見せると、「あらさがしするみたいで申し訳ないが」と断りつつ、2棟に分けるというのはたしかに考えられるプランではあるが、住宅地ではない近隣商業地の道路に面した1階のワンルームには、まず女性は入居しない。冬の低い陽射しでは前に立つ賃貸物件で自宅のリビングはじゅうぶんに陽が入らない。この時点での「収支とんとん」というのは、将来のリスクを考えると危険だし、甘く見積もって帳尻を合わせている可能性がある。と、手厳しいが実に明解な回答だった。

 S氏が帰ったあと、計画書をよくよく見てみると、自己資金を多く見込んでいるだけでなく、例えば今ある建物の解体費用などをかなり少なく見積もっていたりした。なるほどなと得心。

 ここのところのにわか勉強でわかったことは、賃貸経営というのは「事業」であるというあたりまえの事実。そうそう簡単に収益が上がるものではないということだ。じぶんが今後の住まいを探そうといろいろ検索してみて感じることでもあるが、キチンと家賃を取れるということは並大抵のことではないということだ。リスクとして指摘されたことでもあるが、常に満室ということがいつまでもつづくものではない。運悪く半年も空きになったときには、返済計画にも大きく支障がでるわけだ。そのために「一括借り上げ」という仕組みがあるのだが、これとて途中での家賃設定の見直しが契約の中に盛り込まれている。期間中、ずっと同じ収益が保証されているわけではないのだ。

 今回の計画が、賃貸物件だけを建てるというものであれば、答はまったく違ったものになったことは間違いない。初期投資できる自己資金が潤沢なら、これまた違った答になっていたはず。自宅を併用するということが必須条件である以上、事業としては成り立たないのはやむなしというところだ。

 またまた妻と人生設計についての長い話がはじまる。A社のS氏の提案である「自宅のみを建てて、駐車場経営を併用する」というプランについてシミュレーションをくり返す。自己資金はどのくらいつぎ込めるのだろうか・・・。とりあえず、はじめに多くつぎ込んで今後の収入を老後に蓄えていくという考えでいくのか、初期投資はなるべく抑えていくのがよいのか・・・。賃貸経営の目はもうないものなのか・・・。この先の収入で2重生活を余儀なくされたうえで返済に回せる金額はどのくらい見込めるのだろうか・・・。

 とっぷりと日が暮れて少し足元が冷えてきた頃、本日の結論をまとめた。「賃貸併用住宅の計画は白紙に戻そう」でも「自宅は建て替えたいね」ということで決まり。心情をくみつつも、なんとか老朽化したこの建物の解体と、家族みんなが いっしょに暮らせる新しい自宅の建設への同意を母親から取り付けたいというところだ。

 そんな中でひとつ気になることもでてきた。わたしはこの5月末でお店を閉めた時点で「無職」である。7月からフルコミットの仕事が決まっているが、「住宅ローン」に関しては転職後3年間はローンが組めないという金融機関も多いという。これも難題だなぁ。

▲このページtopへ

<戻る>    <次へ>