いよいよ公に

 

◆2005年3月21日

 晴れたけれど風の強い一日。きょうは定休日。午前中にお墓まいりを済ませて、午後いちばんに愛知県の化粧品組合の長であり、全国の専務理事に就任されたYさんのお店にお邪魔する。あらかじめアポを取ったし、わざわざうちまで来るということは、あまりいい話じゃないなとは思われていたようだ。

 返ってきた反応は、ちょうど1週間前のNさんと同じ。「残念」・・・だけど、わたしの決断を尊重し、最後は「からだだけには気をつけて、がんばれよ!」と快く送り出してくださった。

 ここまで、ホントに得難い貴重な経験をさせてもらったことのお礼を口にすると、仕事というのはただこなすだけなら、できる奴はいっぱいいる。それを成し遂げたことを評価されるということは意外に少ない。チャンスをものにして、しかもそれをステップにできたということは自分の力を誇ってもいい。と過分なお褒めの言葉をいただき恐縮することしきり。

 先週のNさんには、「お前は実は結構頑固で芯はぶれないくせに、表向きは右にも左にもうまい具合に立ち回ることができるから、きっと宮仕えの世界でもうまくやっていけるだろう」って褒めてもらった。このおふたりのことばを胸に、なんとかがんばっていこうと思っている。

 夜8時。なじみの居酒屋さん。いよいよもっとも話をしづらかった化粧品店仲間の親友に打ち明けようとしている。生ビールの中ジョッキをおたがい3杯ずつ空けたところで、おもむろに切り出した。「バカ野郎!」って怒鳴られるくらいのことは覚悟していたが、彼もまた大人の対応だった。ぽつりと「お前がうらやましいよぉ」とこぼされたのには、返すことばがなかった。

 それでも必死にテンションをあげようとしているのが伝わってくる。とことんつきあうぞ!なんて応じた日には、ふたりともボロボロになることは必至だったので、「きょうは悪いけれど帰る。こんどあらためてとことん飲もう」って予防線を張り続ける。それでも居酒屋のとなりに新しくできていたラーメン屋に。お店を出ると同時に、ふたりして「おいしくなかった」ラーメンに悪態をつく。

 そこからの帰り道は、いつもホロ酔い気分を楽しみながら30分以上かけて歩いてくるのだが、彼は途中から違う方向なのに、きょうはお前のうちまで送るぞといって聞かない。無下に断るのも悪いしと、ぶらぶらと春の夜風を感じながら帰ってくる。途中、おしっこがしたいとふたりでわめいて、コンビニに寄り道をしたりで、1時間近く歩いて、ほんとうにうちの前まで送ってもらった。(後日、聞いたところでは、そこから彼の自宅まで歩いて帰ったという。これも1時間くらいかかったはずだ。そして翌日は夕方から筋肉痛がはじまったらしい。そしてコンビニに寄ったことは覚えていないという。)

 妙にしんみりせず、話すことができたよ。ホントにありがとう。

▲このページtopへ

◆2005年3月22日

 これでどうしても先に話しておかなくちゃいけない人たちへは伝えることができた。これからはメーカー、そして、とくにずいぶん少なくはなってしまったが、「うちの店でなくちゃ」とご愛顧いただいているお客様にお伝えしなくてはいけない。ご贔屓さんにはほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいだし、とてもつらい。妻はもっとつらく感じているはずだ。

 午後一番、雨が強く降りしきる中、うちからほど近いS社の支社長を訪ねる。歳が近い彼とは、メーカーとお店という立場の違いがあって、よく議論をしたものだけど、なんとかいい方向に向かっていこうという思いの点では「同志」のように感じていた。彼からは「熟慮の上の決断なのでしょうから尊重します」といわれた。

 その足でおなじ建物の中にオフィスをもつD社の担当者に話をする。彼女の口からはなんど「う〜ん、残念だわぁ」「もったいないわぁ」ということばがでたことか。別段、格好つけるわけではないが、惜しまれつつ去るのが「華」というところかもしれない。

 夜、東京の知り合いから電話が入る。いつも愚痴を聞いてもらったり、逆に聞いてあげたり、まったく業種は違うのになぜか何故か波長があう相手なのだが、今回の決断を話すと、「いいんじゃない!」と即座に肯定してくれた。「もう50だから、たしかにこれが最後のチャンスだよなぁ」という2言目は余分じゃない・・・ってところだけど。

 そして、ここまでひそかに匂わせてはきていたけれど、ハッキリとは表明していなかった「閉店」という決定をブログに載せた。きっとあすは電話が何本も入るはずだ。

▲このページtopへ

◆2005年3月23日

 きのうの「宣言」をうけて、「えっ? ほんとなの?」という感じの電話が何本かはいる。「そうなんです。」と答えるしかない。そしてきょうも、担当者にきてもらったり、こちらからお願い行脚にでかけたりして、メーカーさんなどへ話を通す。連絡すべきところは結構多いものだとちょっと意外な思い。それだけ、いろいろな人のお世話の上に成り立っていた商売なんだなぁと今さらながら痛感する。

 さて、いよいよ「お店のお客様」へのお知らせのタイミングが迫ってきている。なんども読み返してつくったお知らせ文書もできた。封筒の印刷も終わった。これが届くと、きっとビックリされるだろうなぁというのが想像に難くない。出さなくちゃいけないけれど、出すのを躊躇うような気分もちょっぴり。

▲このページtopへ

◆2005年3月24日

 本日より、お店のお客様に「閉店」のお知らせをはじめた。「そうですか・・・」と冷静に受け止めてくださる人もあれば、「えっ? どうして?」と驚かれる方もある。どちらの反応も淋しくもあり心苦しくもある。どうにも切り出しにくい方もあるが、閉店までのタイムリミットを考え、お客様にご迷惑を少しでもかけないためには、口に出さずにはいられない。

 そして、お知らせを同封したDMをメール便で発送した。あすにはお客様のところに届き、いやでも「閉店」という文字が目に触れることとなる。当分の間、いや閉店のその日まで「どうして?」という質問攻めにあうことになるのだろう。

 お店の仲間やメーカーからの電話やメールもまだまだ続いている。こちらも当分の間続くのだろう。めざす目標の地点は決まっているのだが、そこにたどり着くためには、超えなくてはいけないハードルがたくさん待っている。

▲このページtopへ

◆2005年3月25日

 「閉店」をお知らせするDMは、メール便で発送した分がほとんどのところできょう届いたはず。例によって、ご近所はきのうの夜とけさの宅配でお届けした。「びっくりした」と駆け込んでこられるかたもあれば、「今、お手紙を見たんだけど、どうして!」という電話もかかった。お知らせに書いたとおりに、手持ちのサービススタンプを使ってしまわなくてはという「実利的」なかたもある。いずれにしても、当分は平身低頭の日々がつづく。

 「えっ・・・。わたしはどうなるの?」と驚かれたご贔屓さんには返す言葉が見つからなかった。

▲このページtopへ

<戻る>    <次へ>