11月

 仕事編
 生活編
 自宅建て替え編


   一大転換を決意し、それなりの覚悟で臨んでいる宮仕えだから、たいていのことには驚かないし、へこたれはしない。しかし、こと11月に関しては、正直今までの自営業の気楽さをちょっとだけ懐かしむ気持ちにもなった。

 スピードが違うこと。パラレルにいくつもの業務や計画、企画が走っていることというのは、ここまでもあったことだけど、10月に異動になった今のセクションは、それがいちだんと激しい。けっしてへこたれているわけではないけれど、じぶんのキャパシティの限界を感じることがでてきた。これってやっぱり年齢なんだろうか。

 幸いにして、体調はバッチリだ。月の後半は2週間休みなしだったり、帰宅が1時ということが続いたり、平均睡眠時間が5時間弱だったりしたが、モチベーションが高いせいか、朝もスッキリ目覚めることができているし、疲れやストレスを感じることもない。ただ、これも、どこかで「一区切り」とか「一息」なんていう瞬間があったりすると、一気に噴きだすことなのかもしれない。ならば、ずっと走り続けているのもわるくはないかも。

 宮仕え5ヶ月目、ようやくわたしという人間の立ち位置が社内で固まってきたような気がする1ヶ月だった。

◆仕事編

◆11月上旬

 12月1日にサイトリニューアルを控えて、いよいよお尻に火がついてきた感じがある。最初の基本仕様の策定に関わっていないし、開発の途中も仕様書の詰めなどにタッチしていないので、どうも靴の上からかゆいところを掻いているようなもどかしさはある。それでも、業務でがっつりと使うことになるわけだから、オペレーションテストには真剣に取り組まなくてはいけない。短い期間でキッチリとバグをつぶすためには、チーム内の役割分担も欠かせない。あたらしいセクションに移って2ヶ月目、ここから管理能力も問われることとなる。どちらかというと責任者を前に押し出して黒子としての仕事をこなすことが得意だったわたしとしては、ひさびさにストレスを感じる日々がやってくるのかもしれない。そんな思いで11月はスタートした。

 気持ちが空回りしたのか、3日の文化の日の休日出勤(といっても午後だけだが)が影響したのか、4日金曜日は「ガス欠」という感じで21時すぎに退社。けさは全社ミーティングでいつもより早く出社するために6時ちょっと前の起床だった。でもけっして眠いというわけじゃない。持ち駒を使い果たしたとでもいえばいいのか、からだの中に余力がなくなったというところか。加えて動きの鈍い相手先にちょっとカチンときたり、すばやいレスをつけてくれた化粧品店時代の知り合いに感激したり、振幅の激しい一日だったということもある。

 土日の休みをはさんで7日月曜日。 けさのめざましテレビの星占い、「おひつじ座」は4番目。ラッキーポイントは「ネバネバした食品」だった。ということで、いつものトーストをひとひねりして、けさは「納豆トースト」に。きのうの夜の「新堂本兄弟」で平原綾香が話していたことも思いだしたのだ。

 そのラッキーポイントが効いたのか、朝から大騒ぎだった山手線の架線事故による運休に遭遇しなくてすんだ。いつもどおりなら、地下鉄から乗り換えるときに池袋の駅でまともに山手線の運転休止にぶつかるところだった。いや、もしかしたら途中で電車に缶詰になっていたかもしれない。でも、けさは、出社前にちょっと寄り道をして用事を済ませていくために、池袋で下りずにそのまま有楽町線を永田町まで乗っていったのだ。

 でも、ネバネバ食品の御利益もここまで。ラッキーはそうそう長続きはしなかった。じつは、寄り道というのは業務で必要な資料をもらうために某所に立ち寄るというものだったのだが、ここは財団法人だから9時にははじまっているだろうという読みがはずれ、じつは9時半からだった。ということで無駄足となって用をなさずじまい。このオフィスからは地下鉄ひと駅分くらい。あざやかな秋晴れの下を瀟洒な高級住宅街を抜ける道を会社までお散歩できたからよしとしましょう。

 お昼休みを兼ねて、ふたたび「お散歩気分」で資料をもらいに出かけたのだが、その帰り、路地の奧の小さな公園のベンチに腰かけてランチとする。青い空と白いふわふわした雲を眺めての昼食はなかなかにして気持ちよかった。ただ、住宅に囲まれ緑が少ない児童公園だったこと。ちょっと向こうでは遊具の取り替え工事をしている作業員さんたちがいたこと。そして、同じお昼の過ごし方をしている人がいなかったというのが残念だった。でも、これはちょっと息抜きにはなりそうだ。・・・なんて考えるのは、オフィスの中に閉塞感を覚えているということなのかな?

 8日火曜日。お昼休みに、弊社の向かいの乃木公園へ。ここも公園といってもホンの猫の額のようなところだけど、高い木もあり、ベンチがいくつもあって、わたしとおなじ目的の人たちが何人か木洩れ日が気持ちのよい午後の時間を楽しんでいた。ただ残念なのは、タバコを吸うのを目的できている方も多いということ。

 愛煙家にはとかく暮らしにくい世の中なので、こういうオープンエアな場所まで取り上げちゃ気の毒だと思うけれど、ベンチを分煙しなくちゃいけないなとは思う。15分ぐらいのんびりできたのだが、そのころ近くにやってきた中年の紳士の紫煙が流れてくるのに閉口して席を立った。こうして、外でランチができるのもあとしばらくかな。木枯らしの季節も近い。

 10日木曜日。  いやぁ、朝から一瞬青ざめた・・・。きのうの夜、「軽く一杯していきませんか」という同僚の誘いに「終電には間に合うようにしようね。」と応じたわたし。出かける途中で若い部下に「社会人としては翌日の仕事に影響を与えるような呑み方をしちゃダメだ。」なんて偉そうなことを口にしていたわたし。

 朝7時前に一度目覚めたが、テレビをつけてまた眠ってしまった。ハッと目覚めたらテレビから流れてくる司会者の声が耳慣れたアナウンサーの声ではない。「ぎゃぁ!」という感じで跳ね起きると、いつもならもう有楽町線の電車の中にいる時間だった。あわてて顔だけ洗って部屋を飛びだす。会社にはコアタイムがはじまる10分前に入れたが、跳ね起きたあの瞬間は冷や汗が流れた。

 駅に急ぐ道のり、一生懸命きのうの状況を思い出そうとするが、最後はスッパリ記憶がない。閉店時間がきて最初のお店をでた時点ではじゅうぶん終電に間に合う時間だった。しかし、話が盛り上がったこともあり、呑兵衛としては簡単には終われない。「行くぞぉ!」と2軒目のお店に向かって道路を元気よく横断していったあたりはしっかり記憶にあるのだが・・・。

 若さに任せてハイピッチでビールのグラスを空けるTくんのペースに煽られたことと、メンバーの中に「あまり飲めない」という人がいなかった(つまり呑兵衛ばかりだった)のが災いした(ということにしておこう)。飲みはじめて、会話が盛り上がってしまうと、終電までに帰ろうという歯止めをスッパリと反故にしてしまうのは、わたし(呑兵衛)のわるい癖だ。

 東京の生活は4ヶ月を過ぎたところ、タクシーに乗ってもどの道を通るかなど話せはしないし、オートロックのドアを開けて入らなくちゃいけないしということで、翌朝記憶のなくなるような呑み方はするまいと心に決めていたはず。でも、4ヶ月でもちゃんと帰巣能力は培われたようだ。(って、安心しちゃまずいぞ)

 財布に利用票が入っていたから、タクシー代はカードで払ったようだ。オートロックの玄関を開けて中に入り、ちゃんとカギを開けて部屋に入っていたし、パジャマに着替えて眠っていたから酔っぱらったなりにちゃんとしていたようだ。これをちゃんとしていたって言うのかどうかはともかく、これから寒くなるし、ともかく気をつけなくちゃ。と、反省しきり。

 くり返しになるが、遅刻はしなかった。出社後も頭が痛いとか気持ち悪いとかいうことはなく、トイレに長居することもなく、仕事には影響はなかった。まぁ、なんとかギリギリ社会人としてのルールは守れたというところ。

◆11月中旬

 14日月曜日。間もなくリニューアルする弊社ECショップシステムのバックエンドの仕様について打ち合わせをした。いつも思うことだけど、システムエンジニアさんたちの理科系頭と、文系頭のわたしたちとは、ちょっと使っている脳の領域が違うような気がする。
 べつに彼らの表現する日本語が変だといっているわけではないけれど、同じことを話しているはずなのに会話がかみ合わないことが多くある。本日は、話の相手があまり流通のことを知らないというシステムエンジニアさんだったこともあって、説明に「?」マークが点滅することもいくどか。まぁ、使い勝手のいいものを作りたいという最終目標はおなじだからいいのだけど。

 まもなくオペレーションテストがはじまる。伝えるべきことはキチンと伝える努力をしないといけないなと考えている。残された時間はどんどん少なくなってきている。順調にきているといわれてきた開発スケジュールだが、テストがはじまってみないとなんともいえない部分も多い。うまく立ち上がってくれることを祈るばかりだ。

 夕方いらしたお客さまからいただいた差し入れのお菓子がグループ内をまわる。これが名古屋の銘菓両口屋是清の「千なり」。名古屋の方が持っていらしたわけでもないのに東京で目にするとはビックリ。でも、ちょっとなつかしい。名古屋では差し出されても口にすることは滅多になかったけれど、きょうはありがたくいただいた。夜になって疲れを訴える頭には甘いものは格好のごちそうだった。

 17日木曜日。あすからの出張と帰省を前にきょうはいつにも増して忙しい一日。出かける前にやっておかなくてはいけないこと、出張先で必要な資料の準備、グループ内のミーティングも3件あった。業務の停滞は許されないので連絡のミスは許されないところ。

 リニューアルまでカウントダウンがはじまって、ちょっとピリピリした空気も漂いはじめた。こういうときには往々にして人間関係のトラブルが起こりやすいもの。言った言わないの水掛け論も起こりやすい。あたりまえのことだけど、ひとつひとつ確認をしながら進めていかなくてはいけない。こういう場面では年長者であることが功を奏することもある。強いリーダーも必要だけど、調整型のリーダーが求められる場面も多い。わたしは確実に後者だ。

 と、偉そうなわたしだが、「あれ、これって伊藤さんに頼んだんじゃなかったでっしたっけ?」と言われてしまった。う〜ん、正直言って記憶にないのだけど、うまくことを運ぶためには抗弁してみてもしかたない。「あ、ゴメンゴメン」と言いつつすぐにフォロー。この身のこなしも人と衝突しないための知恵でもあるのだけど、それってある程度年齢と経験を積み重ねないと身につかないものなのかもしれない。若いグループのメンバーに求めるのは無理なのかな?

 18日金曜日。古巣である化粧品組合の年次大会(全国大会)に出張させてもらった。ことしは福岡での開催。現在の職は直接関係をもっているわけではないけれど、わたしのもともとの居場所だったということもあって、弊社と組合さんの窓口としての役割を担っているので出張させてもらえたというところ。

 思えば、わずか1年前、昨年のこの大会(大阪)では、壇上でプレゼンテーションをし、偉そうにも業界の未来に向けての提言をぶちあげたりと、大会の内容を仕切っていたわたしだった。昨年のこの時にはこういう立場にじぶんがいるということは想像もしていなかった。

 大会でのプレゼンテーション、微妙な思いで2時間の構成を見守った。作り込むことの難しさを知っているので、よくまぁここまでしあげたものと素直に感激。随所にわたしだったらというところもあったことは否定しないが、そこはそれ、外に出た人間としては多くを語るまい。今夜は、ここまでつくりあげたことのよろこびをしみじみ感じてくれればと思う。これは絶対に財産となるものだ。

 わたしのこの転身について真意をお話しする機会のなかった多くの方には、「去年、あんなに偉そうに言っていた人だよね、あの人って。」と、後足で砂をかけるように去ったといわれてもしかたない。でも、紹介された際に驚きの声はあがったりしたけれど、総じて温かく快く迎えていただけたような気がしている。ここはそれ、かたちを変えて業界のため化粧品専門のために役立っていきたいという思いを強くした次第。

 19日土曜日。福岡から東京に出張帰りといえば、飛行機が当然というところだけど、たまたま週末にかかったこともあり、名古屋に寄ってから帰るということにさせてもらった。乗換案内などで調べれば当然のことながら、福岡空港から中部国際空港に飛んでというのが第一候補だ。でも、今回は新幹線を選んだ。福岡市内から東京都区内行きの乗車券で名古屋途中下車としたわけ。

 移動の「のぞみ」の車内、小倉を出てしばらくした時、携帯電話に着信。グループのメンバーからの急ぎの連絡だった。しかし、山陽新幹線はトンネルだらけ。通話はとても無理と判断してメールで連絡を取ろうと試みるが、こちらも送受信がなかなかスムーズにいかずもどかしい。

 どうにか山陽路を走る間にその内容が把握できたのだが、それはリニューアルを前にしてメンバーのひとりが緊急入院をするというものだった。迫ってきている大きなプロジェクトの立ち上げに影響は必至。とはいえ、こればかりは如何ともしがたい。何より、いちばん悔しい思いをしているのは当の本人だろうから、こちらとしては平静を演じて無用な心配を当人に与えるようなことはしたくない。とにかく残るメンバーのマンパワーを精一杯引き出して乗り越えるしかない。「雨降って・・・」ではないが、これを好機に替えることができたらいいのだけど。

◆11月下旬


 週明け21日月曜日。グループメンバーのひとりの急な入院を急遽セットした朝礼で伝える。その場にもひとりが体調不良で休んでいて欠けている。これからタイトになることが確実なスケジュールだけに体調管理にはくれぐれも気をつけたいもの。

 間の悪いことにきょうからオペレーションテストがはじまることになっていた。上司にも相談して、テストのための要員を他のグループからまわしてもらって、なんとか初日としては万全の体制を引いていたつもりだったが、肝心のテスト環境のパフォーマンスがともなわない。テストに数人がアクセスするだけなのにどうして・・・という状態。開発会社もサーバのメンテナンスなどいろいろ手だてを講じるが、結局、夜になって本日のオペレーションテストの中止を決断する。いちだんとタイトとなってきた。

 22日火曜日。オペレーションテストがやっと動き出す。リニューアル後のサイトのすみずみまで、ふだんは気がつかないような使い方も含めて、斜視するようなチェックをつづける。こうした「バグ潰し」の作業はなかなか骨が折れる。

 このページのこの場所のこの動作はおかしい、このページ遷移がおかしい、ここの表示は仕様と違っている・・・あっという間にバグレポートがふくらんでいく。この「文字に書き起こす」「文章で伝える」という作業も骨の折れる作業だ。胃が痛むような作業がしばらくつづく。

 はじめて会社で0時を迎えた。会社を出たのは、有楽町線の最終が池袋を出た後。本日は六本木から大江戸線を豊島園まで乗ってきた。呑み会の帰り以外でははじめての大江戸線での帰宅。部屋のカギを開けたのは1時だった。

 23日水曜日 勤労感謝の日。本日は休日出勤。仕事できることを感謝しなさいという日になった。それでも、昨日眠ったのは3時だったし、休日なのでいつもよりはゆっくり10時05分に出社。まだまだ1週間以上続くことになるタイトなスケジュールを考えて19時に退社。他のグループのメンバーはほとんど出社していないし、ミーティングのスケジュールが入っていないので、時間のわりには仕事は捗った感がある。

 25日金曜日。あいかわらずの小春日和だが、その心地よさを楽しむ間もないまま、あっという間に一日が過ぎ去っていく。わたし自身は「時間が足りない」「果たして間に合うのだろうか」と不安を感じているのだけど、グループメンバーは比較的鷹揚に構えている。もっともメンバーのほうがサイトリニューアルの修羅場をくぐった経験者が多いから、わたしが焦っているだけなのかもしれない。でも、いかにも時間が足りない。とくにモバイルサイトの進行状況には黄信号ではなく赤信号のような気がするのだけど。

 わたしはあすあさっても出勤のつもりだけど、メンバーの大半はあさって日曜日だけ出てきてくれるということになった。わたしが「出てこい!」と強権を発動すれば・・・とは思ったけれど、それも得策ではないと休日出勤を強制する指令は出さなかった。休むときは休んでメリハリをつけてがんばってくれればと思ってはみるものの、間に合わなかったらどうしようかという不安も新たに生まれている。もっとも、オペレーションテストの環境はあすよりもあさって日曜日のほうが整うことになっているからそれもありかな。

 26日土曜日。休日出勤。弊社の入っているビルは休日となると、社員証を使って通用口のロックを外さないといけない。この仕組みはもうなんども使ったのでもうすっかり慣れた。でも、きょうはエレベーターで7階まで上がってみたら、まだ誰も出勤していなかった。はじめて社内に入るためには、1階の集中キーボックスからカギを取り出したり、社内の電気をつけるためにキーを解除したりしなくてはいけない。以前に一度だけレクチャーを受けていたけれど、うまくいくだろうかとちょっとドキドキした。

 無事社内に入れたあと、本日は出社メンバーも少ないので、じぶんの仕事に集中。本日はデータのメンテナンスをカリカリと行う。一応、単純作業だけど、キーワード探しにこれまでの化粧品業界での経験を活かすことができる。10時すぎから19時すぎまで黙々とこなしたという感じ。なんとかタイムリミットに間に合わせるメドが立った。でも、その間にもいくつかのバグやプログラム修正ポイントが見つかる。このままなんとかリニューアル当日を迎えられたとしても、その後もまだまだメンテナンスはつづけなくてはいけないようだ。もっとも、今はリニューアルがちゃんと立ち上がることのほうが先決だから先のことまで考えている余裕はない。

 27日日曜日。本日も休日出勤。9時20分少し前に会社に到着。本日も一番乗りだった。きょうは落ち着いてカギを取り出して室内に入る。本日はグループメンバーがほぼ全員が揃った。3時すぎにお昼を買いに出たついでにアイスクリーム「PINO」を買ってきてメンバーに配った。ちょっとした上司の気配り。でも、こんな程度のことでよろこんでもらえるなんて・・・。途中、用事で抜けていた上長は、帰りがけにロールケーキを買ってきてくれた。夜22時すぎには、近くのおいしいピザやさんでテイクアウトしてもらってみんなでつまんだ。落ち着いて何かを食べたという感じはないけれど、おなかはあまり空かなかった。

 まだまだ解決しなくてはいけないことは山のようにあるが、なんとか12月1日にローンチすることができそうだ。帰宅は有楽町線の最終。部屋に着いたのは0時半、

 28日月曜日。サイトのリニューアルはグングンと近寄ってきている。昨日おとといの休日出勤は他の部署の人がいないこともあってじぶんの仕事に集中できたけれど、きょうは定常業務もあって集中して作業をこなせないもどかしさもある。それでもこれまでの作業の成果がかたちになって見えてくるとうれしいもの。この先、クリティカルなバグがでてこないことを祈るばかり。

 今夜の帰宅は23時10分。あしたは、リニューアルとあわせて行われる物流倉庫の移転にともなう作業と総棚卸しのために千葉県野田市まで出かける。あすはデスクワークと違うし、いつもより早く出なくちゃいけないので早く眠らなくちゃ・・・

 29日火曜日。長い一日だった。

 けさは有楽町線池袋からいつもとは反対方向へ向かうことからスタート。弊社の物流倉庫の移転にともなう総棚卸しなどの作業に千葉県野田市まで出向いたのだ。作業は在庫一覧表に沿って検品し、移転先の倉庫さんに対応した商品コードシールを貼っていくというもの。チームワークよろしく、予定よりも若干早く終了。野田線の駅に戻ったのが18時だった。グループメンバーには直帰を指示しておいて、わたしは会社に戻ってきた。

 帰りは、つくばエキスプレスにはじめて乗った。ラッシュとは逆方向なのでゆっくり座ってこられた。北千住から乃木坂までの地下鉄も座れた。自営の化粧品店時代にも棚卸しの経験はあるので、さして疲れたということはなかったけれど、ここで座れたというのはあとあと大きかった。

 会社には19時40分頃到着。早速、留守中の進捗状況を尋ねるとともに、今夜進めておかなくてはいけない作業の見込を立てる。早くは帰れそうもないことは確実。でも、なんだろう、ひさびさの充実感がある。きっと感じられるであろう達成感への期待も。それが、さっきまで眠くて直帰してしまえばよかったかなぁとネガティブに傾きかけていたじぶんを元気づけてくれる。

 それでも会社で0時になるとまでは考えていなかった。有楽町線の最終にはまったく間に合わず、大江戸線経由の帰宅。部屋のカギを開けたらちょうど1時。このところ平均睡眠時間は4〜5時間だけど疲れも眠気も感じない。気持ちが充実しているということなのだろう。

 30日水曜日。きょうも青山一丁目0:17発の大江戸線で1時に帰宅。どうにかあす朝9時には予定どおりサイトがオープンできそうだ。正直、間に合わなくて先送りした仕様もある。今ひとつ確実性がなく、何とかうまく立ち上がってくれという願いを込めてのある意味見切り発車的な部分もある。バックヤードには運用でカバーしきれるだろうかという不安もかかえている。

 仕様の作成にはじめから関わっていたわけではないし、サイトの構築が大詰めとなった先週今週でも、いままでの自営業や化粧品組合時代のじぶんと違って、クリエイティブな部分には直接関わることは少なく、どちらかというとプロダクトマネジメントという役割でしか関われなかった。それでも、結果がひとつのかたちとして生み出される瞬間に立ち会えるのは幸せだ。

 土日もなく、深夜まで会社に詰めてきた日々も、あすでひとまず完結する(はずだ)。あしたは早く帰れるかなぁ・・・。モチベーションが高まっているので表向き疲れを感じてはいないのだけど、目に見えないところでたまっているものもあるかもしれない。早く帰れたら、スーパー銭湯にでも行ってからだをいたわってやるのもいいかもしれないなって考えている。定期券も買ったりでふところ事情の厳しかった11月も終わって、月が替わった。ちょっとくらいのごほうびをじぶんにあげるのもわるくはないだろう。

 とにかく、今夜は無事のオープンを祈るばかり。

 

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◆生活編

◆食の嗜好

 このところ、くだものも食べるようになった。夏が終わってトマトとかキュウリとかが高くなってきたこと影響しているのかな? 適度に水分が摂れるし、ビタミンも摂れる(?)のでくだものっていいんだよね。名古屋にいるときはホントにくだものを食べない人だったから、買い物篭にミカンが入っているとか、りんごを買ってきてむいているとかいうと驚かれそうだ。おかげでりんごの皮むきはだいぶうまくなった。(ダイコンの皮むきもだ)

 そうそう、夕方になるとチョコレートとか甘いものを口にすることも多くなった。おやつに「おまんじゅう」を食べられる。今までのわたしを知る人には絶対に信じられないことだろうなぁ。

◆東京ドームでフットサル

 5日土曜日の夜、「東京ドーム」にでかける。野球観戦でもコンサートでもない。社内のメンバーとフットサルをするためだ。某フットサルクラブが東京ドームを2日間借り切っていて、外野の人工芝のグラウンドを仕切ってコートを作ってレンタルしていたのだ。よくまぁ、見つけてきたものだと幹事役のHくんをほめてあげたい。

 21時からのコートレンタルにあわせて、20時半過ぎに正面のゲートで集合。でも、中にはいるのはゲートではなく、なんと関係者入り口。簡単な荷物チェックを受け、ガードマン氏の招きでひとりずつ回転ドアを通る。

 グラウンドへはいちど地下へ階段を下りていく。下りきったところで薄暗い通路の向こうに明るいグラウンドが目に入る。そこに向けて天井の低い通路を進んでいく。なんともテンションが高まるシチュエーションにわくわくする。だってここは試合後の選手が新聞記者に囲まれて歩いている通路なんだもの。短い階段を上ると人工芝のグラウンドだ。あぁ、ここがビジターのベンチだ! こっちは巨人のベンチだぁ、ネクストバッターサークルも人工芝でふかふかなんだぁ・・・とミーハーな感想を口々に語る。

 フットサルそのものはシューズもウエアも整えて臨んだものの、運動神経のなさ、センスのなさは否めず、前回よりも人数が多かったこともあってフル出場もしなかった。まぁ、これははじめからわかっていたこと。仲間としてその端っこにでも加えてもらえればじゅうぶんだ。途中、フェンスに沿ってグラウンドを1周走ってみた。外野フェンスは思ったより高い。そして、フットサルコートが何面もとれることでもわかるとおり、外野ってすごく広い。これを3人で守っているってすごいなぁと、赤星の偉さを思う。おそらく、ドームの人工芝の上に立つということは今後ないだろう。いい思い出となった。(って、爺くさい?)

◆本で泣く

 13日日曜日。ベランダに腰かけて読書を楽しんだ。手にしたのは、しばらく前に買ってあった重松清の「その日の前に」。晩秋の午後の陽差しはあっという間に弱々しくなっていく。3時半すぎにエリザベス女王杯の中継を見ようといったん部屋に入ったのを潮に、ベランダ読書をあきらめる。その後の「その日の前に」は、天寿を全うする年齢ではなく、志半ばに「その日」を迎えることになる話になっていく。

 こうなると、そのストーリーを容易にじぶんに置き換えられるだけに、感情のつぼにはまる。最初はあふれ出て文字が見えなくなるくらいの涙だったが、やがてポタポタとジーンズの腿を濡らしはじめ、しまいには嗚咽が抑えられなくなった。となりの部屋はお出かけだったようなのでよかったけれど、声を出して泣くのまではちょっとね。まぶたが腫れたけど、心の中には暖かいものが流れている。

 この本を読んで号泣というわたしが全国ネットのテレビに登場した。27日日曜日夜のフジテレビ系の「スタ☆メン」にVTR出演。先週、名古屋から帰ってきた日曜日の夜に自宅で取材を受けていたのだ。

 特集企画は「ポジティブに涙を流す人」というもの。週末号泣のススメという本も最近出ているようだ。映画を観て感動の涙を流すという人は多く見つかったらしいのだが、本を読んで涙を流すという人はあまり見つからなかったらしい。わたしはブログに書いたとおり、本で号泣できる。先日も重松清の本でまぶたが腫れるほど大泣きした。そんなわけで取材対象となったという次第。

 取材では、本を読んで泣くところを撮りたいということで、泣けなかったら取材不成立といわれていた。ディレクター氏、カメラマン氏、そしてアシスタントの3人が、わがワンルームに入って、ベッドに座って本を読む画を撮る。いくら本に集中しようとしてもやっぱりカメラも人も気にはなる。結局、期待された涙がポロポロとこぼれ落ちるという画は撮れなかったものの、嗚咽を漏らすというというところはしっかり撮られた。

 というような内容なので、妻以外には誰にも伝えなかった。なのに、さすがはフジテレビ系列、昨夜放送となった22時50分頃はまだ会社にいたのだが、まだ番組が終わらないうちからメールがとんできた。ブログにもコメントがついていたし、その後も何通かメールが届いた。けさ、出社すると、何人かから「見ましたよ」と声をかけられた。う〜ん、決してわるいことではないけれど、ちょっと恥ずかしかった。 

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◆自宅建て替え編

  11月19日、名古屋に帰った折に今後長期にわたるローンの契約を正式に交わした。いちばん最後に残っていた外構の仕様を決定した。ちょっとおしゃれな表札やら郵便受けになる。

 工事は順調に進んでいるらしい。予定より少し早く12月上旬には完成検査に立ち会い、中旬には引き渡しとなりそうだ。クリスマスはあたらしいうちで過ごしてもらえることになるだろう。家族へのビッグなクリスマスプレゼントといったところ。わたしはクリスマスは帰ってこられないだろうなぁ・・・。

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