2000.03 名古屋国際女子マラソン 追っかけ記


 


3月12日「名古屋国際女子マラソン」さよならパーティにて
撮影:瀬戸 和子さん (ありがとう!)

 「名古屋国際女子マラソン」に知り合い(走友の友達なので厳密にはこれを機会に知り合ったというところだ)が出場するので、地元に住んでいながら初めて「追っかけ応援」をしてきた。朝のくもり空からみるみる青空がいっぱいにひろがってきたが、と同時に名古屋のこのマラソンの時期特有の強い北風が吹きはじめた。シドニーオリンピックへの切符がかかった高橋尚子ちゃんの走りへの影響が気になる。コースと地下鉄での移動を考慮して、「吹上交差点近く」と「桜通大津交差点近く」の2カ所と、最後は瑞穂陸上競技場へのゴールを見届けるという計画を立てた。

 地下鉄の「吹上」の駅を出ると人垣ができつつあった。ここは10km手前だ。先頭がやってくる。まだ集団だ。風の影響を避けるためか高橋尚子ちゃんも集団の中にいた。2時間22分台の記録を狙うにはちょっと遅いのではと他人事ながら心配になる。10km手前というのに、実業団の選手が走り抜けたあとはもう少し間があいていて、やがて市民ランナーがやってくる。晴れやかな顔もあれば、はやくも苦しげな表情の選手もいる。知り合いのあけみちゃんは、にこやかにやってきて、沿道のわたしたちに、そんなにしなくてもいいのにというくらい大きく両手を振って走っていった。大半の選手が通り過ぎたところで、若宮大通り(通称100m道路)を、反対側に渡る。2kmほど先の折り返しから先頭がもう戻ってくる。まだ先頭は集団だ。往きに少し遅れていた地元東海銀行の大南姉妹が先頭集団についていた。そこだけを見て地下鉄に急ぐ。実業団のコーチたちもふくめ大勢のおっかけ集団で朝のラッシュ並の混雑だ。

 「久屋大通」で地下鉄を降り、「桜通大津交差点」に出る。すごい人並みで道路の様子が見えないくらいだ。隙間から背伸びして見てみるともう先頭は通過してしまっているようだ。地下鉄の電車がすぐにこなかったこともあるが、それにしても速いなぁと感心。混雑する交差点から少し北に移動して応援ポイントを確保する。ここは、20km手前であり、名古屋城のまわりを回ってきて再び通る時が25km手前となる。そして折り返して競技場へ向かっていく復路の32km手前となるので都合3回応援できるポイントとなる。ここでは、実業団の選手と市民ランナーの間にはさらに間隔があいていた。全部で200人ちょっとという参加者(しか参加が許されない)大会ということもあるのか、名古屋の道が広いこともあるのか、まばらになって走ってくる選手たちをみていると、それが3時間を切るような(私が死にものぐるいになって走った時と同じ)走りにみえない。なんだかゆったりしているというか「スピード感」が見て取れないのが不思議だ。あけみちゃんはここの1回目も大きく両手を振って目の前を通り過ぎていった。調子はよさそうだ。先頭がどうなっているかはラジオをもっている周りの人の情報に頼るしかないのだが、名古屋城の周回を終えて高橋尚子ちゃんがスパートしたという情報が誰からともなく発せられると、まわりの応援の人垣にざわざわとひろがっていく。まだ全部の選手が1回目の通過をしないうちに25kmに向かう先頭がやってくるらしい。2周目はセンターラインよりに誘導されるのだが、どう考えても1周目の歩道よりに入ろうとする選手と交差点でクロスすることになる。まだ最後尾車はきていない。もし、そこでクロスしそうになったとき、どちらかが止められるのだろうか。まぁ、これは当然遅いほうになるのだろうが、時間の関門と闘っているランナーにとっては結構死活問題だなぁと眺めていた。先導のパトカー、中継車に続いて、白バイに先導されて、あっという間に後続との差をつけた高橋尚子ちゃんが、す〜っと駆け抜けていった。「速いなぁ」というつぶやきが思わず口をついて出る。そのあとしばらくして最後尾車が歩道よりに入ってくるのが見えた。これは、今のような2時間22分台などというスピードマラソン時代を想定していなかったコース取りなのだと気がつく。来年あたりからはちょっと考えないといけないような気がする。

 2周目もにこやかなあけみちゃんを見送ったので道路を横断しようとするが、もうすぐ先頭がくるというので横断が禁止されてしまった。しばらくしてすばらしくスピードの乗った走りで高橋尚子ちゃんが走っていくのが見えた。2位とはもう大差だ。ぶっちぎりの独走になって果たして前半のスローペースをカバーしての22分台が出せるのだろうか? つよい精神力も試されるなぁと考える。トップから10人ほどが通過するとそのあとは大きく間があいているようだ。そこで道路を横断し、帰りの選手の応援ポイントを確保する。30kmを過ぎて小さな坂を上がってきたあとのこのあたりでは、選手はバラバラとしかやってこない状況になっている。額に汗をかいている選手も多い。風が追い風になっているこのあたりでは、いっぱい降り注ぐ陽ざしで暑いくらいに感じているのかもしれない。もう高橋尚子ちゃんがゴールしているだろう時間を過ぎて、あけみちゃんが走り抜けていく。このままいけば3時間10分が切れそうだ。そうなると自己ベストだという。追っかけ応援団は地下鉄駅に急行。自転車でずっと追いかけている長男お気楽と駅ごとにPメールをやりとりしながら競技場に急ぐ。

 競技場最寄り駅では、高橋尚子ちゃん応援を終えて帰路につく人並みが歩道を埋めていて、競技場へと急ぐわれわれの行く手をふさいでいる。自転車追っかけの長男も交通規制にひっっかりやむを得ず裏道に回ったとメールを送ってきた。自己ベスト・3時間10分切りは・・・? 人並みをかき分けるように走り、競技場のスタンドに駆け上がる。時計は3時間を超えていた。サブ3はならなかったもののそれぞれのゴールに向かって最後の走りがきらきらと輝いている。ゴール前100mくらいからよろよろと歩くようにしていた選手が、あと5mでついにトラックに崩れ落ちた。スタンドから大きな応援の声と手拍子がが背中を押そうとする。少しづつ少しづつほんとに這ってゴールへと進んでいく。かたつむりのような歩みだ。あと少しあと少しと声が大きくなる。やっと、ほんとにやっとの思いで手がそして脚がゴールラインを越えた。大歓声があがるが選手には聞こえただろうか、そのままトラックに突っ伏してしまった。何がそうまでして彼女をゴールへと向かわせたか・・・わかるような気がする。

 あけみちゃんが帰ってきた。時計は10分を超え自己ベストのタイムもトラックの途中で超えた。しかしわたしたちの「おかえり〜っ」の声に、またまた大きく両手をあげて応えてゴールテープを切った。あんなににこやかだったのに途中は苦しかったしやめようかと思ったという。でも、初めての名古屋はいい感じだったし、走り終えて次に向けて何をしなくちゃいけないかがみえてきたという。どこまでも前向きの人だ。

 さて、先頭の画像の説明をしなくてはいけない。東京・大阪と同じく「名古屋国際女子」にもさよならパーティが開催される。選手は当然だがコーチも出席することができる。しかし通常はIDカードをもっていなくてはいけない。わたしたちが会場に着いたとき、すでに表彰式はおわり、県知事や市長といった来賓は退席し、懇親会が始まったところだった。選手とその家族(わたしはウインドブレーカースーツだったのでコーチで通用か?)という趣のわたしたちは、なんなく会場に入ることができてしまったのだ。高橋尚子ちゃんがサインの求めに応じていると教えてくれたのはあけみちゃんだった。チャンスだよの声に後押しされてその列についたものの色紙はないしマジックもない。そうだと思いついたのはウインドブレーカースーツの下のきょうおろしたてのランシャツ。マジックはあつかましくも先にサインをもらった見ず知らず方に借りた。小出監督は、「尚子、きりがないのでサインはそれくらいにして何か食べなくちゃいけないよ」といっておでんを持ってきたりしている。でも、尚子ちゃんは、写真をという声にもサインにもにこやかに応えている。自分のことは棚に上げて「疲れているだろうになぁ」とあまりのサービス精神に感動すら覚える。やっと自分の番がきた。小出監督は「ここまでにさせてくださいね、尚子も疲れているし」と言っている。 ラッキー! 背中にサインをもらい握手もした。シドニーへの切符を決めた快走の2000・3・12の日付が入ったそのサインは「一生の宝物」となるだろうなぁ・・・。その後、しのちゃんや瀬戸さんたちからは散々冷やかされた。あのはしゃぎぶり(しかも長男がそばでみていた)とか、マジックを借りるときの積極さとかは、ふだんと全然別人みたいだったとも・・・だって、この長文の一番最初から、高橋尚子選手でも高橋尚子さんでもなく、高橋尚子ちゃんって書いてるとおり、ファンなんだもん!

 いろいろな意味で得難い体験のできた1日だった。最後に書いておくが、来年も同じようにパーティ会場に入れるかどうかは保証の限りではないので、これを読んだからと言って「よし、来年は」と早合点はしないでいただきたい。(苦笑) また、長男お気楽によれば、3時間前後のランナーなら自転車で全コース追っかけが可能だという。体力とお暇のある方はお試しあれ。

             
<special thanks to しいのん・瀬戸和子さん&ご主人・逢坂明美さん>